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2015/6/19更新

安保法制改悪と中国情勢
中国は脅威なのか?

中国研究者=加々美光行さん(愛知大名誉教授)インタビュー

安保法制議論が活発化している。安倍首相の安保法制整備の根拠になっているのが、中国脅威論である。G7でも安倍首相は、中国の海洋進出を念頭に懸念を表明した。中国政府は東シナ海・尖閣諸島をめぐり、日本と領有権を争い、南シナ海の南沙諸島でも基地建設など、「大国」意識を強調する。軍事費の急拡大も懸念材料だ。本当に中国は、日本の安全保障を脅かす意図を持った存在なのか?

中国政府から見た世界の安全保障状況、さらには国内状況を、中国研究家=加々美光行さん(愛知大名誉教授)に分析してもらった。(文責・編集部)

習近平政権の危機感

編集部…中国で台頭する大国意識やナショナリズムの背景は?

加々美…習近平政権は、出発時点から4つの重大課題を抱えていました。@社会騒乱の拡大、A党組織の肥大化と腐敗、B解放軍のタカ派化と独走、C高度成長から安定成長への軟着陸、です。

まず、@2006年度、約6万件だった争乱事件は、2012年には、20万件に増加しています。6年間で3倍という急激な拡大で、危機的状況です。特に恐れているのは、省をまたぐ争乱です。広東省の争乱が隣の福建省や江西省の争乱とつながるような事態になれば、共産党独裁が大きな危機に立たされることを、習近平は知っています。このため、国内治安のための予算は、国防費を超える規模だと指摘されています。

争乱激発の背景の一つとして、A共産党の肥大化(党員8600万人)と腐敗があります。江沢民が私的企業家を党員に受け入れ、共産党は、「農民と労働者の党」から「私的利害や立身出世のための手段」へと変質するレールが敷かれました。次期党書記となった胡錦涛は「集団指導体制」を提唱しましたが、個人的カリスマ性がなく、党への求心力が低下しました。

これを引き継いだ習政権にとって、腐敗の一掃は待ったなしの状況で、党中央政治局常務委員である劉雲山を責任者に任命して13年の全国人民代表大会から整風運動に着手しましたが、全く成果をあげられませんでした。劉氏は退任し、王岐山(党中央政治局常務委員兼紀律検査委員会書記)に交代して、ようやく軌道に乗り始めたところです。これに失敗すれば、習近平は命取りとなります。

さらに、B人民解放軍の問題があります。13年の国家予算で国防費は12兆円を超え、米国に次ぐ巨大軍事費です。この軍事費を使った汚職や腐敗がたくさんあるのですが、解放軍の情報に関しては「国家機密」扱いで、誰も手をつけられなかったのです。

ところが習近平は、党中央軍事委前副主席である徐才厚が収賄行為に関わったとして党籍を剥奪。党中央紀律委員会による訴追を決めました。その後も、軍関係者の訴追が続いています。長江の観光船沈没で、かつてないほど報道統制が強化されてますが、これも習政権の危機感の表れです。

「米国と肩を並べる大国」という言い方も、習政権の危機感と関連しています。外向けであると同時に国内向けのメッセージでもあるのです。

米「両洋戦略」への対抗戦略と尖閣諸島領有問題

編…尖閣の領有問題で、日本のメディアや安倍政権は、中国の脅威を煽っています。中国にとって尖閣問題とは?

加々美…中国の安全保障政策は、米国の「両洋戦略」を強く意識したものです。

米国は、大西洋と太平洋で中国とロシアを包囲する「両洋戦略」を採用しています。北大西洋では、ボスニアヘルツエゴビナ紛争を端緒としてNATO軍による欧州支配が強化され、同時にポーランド、チェコスロバキアなど旧東欧諸国の相次ぐNATO加盟によって、NATOの「東への拡大」が言われるようになりました。この変化は、冷戦後のロシアを包囲する安保戦略として追求されたものです。

一方東側は、日米安保を中核に、その脇を米韓、米豪、米ASEANの同盟が固めるものとして構想され、90年代初期のブッシュ・シニア政権、その後のクリンd政権、そしてブッシュ・ジュニア政権へと引き継がれています。

ところが、米国防次官補(当時)ジョゼフ・ナイが主導した「日米安保の再評価」(1997年)により、「周辺事態法」(99年)が成立し、「周辺」概念が拡大解釈されるようになり、さらに2003年「イラク特措法」によって、自衛隊がペルシャ湾にまで派遣されるに至りました。中国はこれを日米安保同盟の「西への拡大」と解釈し、日本との対決姿勢を強めてきました。

しかし、09年からのオバマ政権以降変化したのは、米国の国力、軍事力の低下です。安倍政権による安保法制の大変革は、米国の軍事力低下を補うためだと中国は認識しています。一時的な「特措法」として拡大した作戦範囲を、恒常的な安保法制として定着させ、自衛隊の戦地での活動も可能にしようとしています。

中国政府は、米国の「両洋戦略」を見定めているからこそ、今回の安保法制整備への警戒感を表明しています。安倍政権が米国の世界戦略に乗っかって日本の軍事大国化を狙っていることを、中国政府は充分に承知しています。

中国が海軍力を強化しているのは、太平洋に中国艦隊を進出させることが、米国への対抗上重要なことだと認識しているからです。

尖閣諸島をめぐる日中政府認識のズレ

編…中国政府が尖閣領有を争う意図は?

加々美…中国から見た尖閣諸島は、「両洋戦略」への対抗としてあります。中国政府は、日中国交正常化以来「領土問題は棚上げする」という姿勢でしたが、日本政府による尖閣の国有化(12年9月)を契機に、実効支配を取り返すために艦船を派遣し、事実として日本の「実効支配」を崩そうとしています。

一方日本政府は、「日本の実効支配」という認識なので、反応はしていますが、強制的排除はできない状態が続いています。結果として、中国の実効支配も一定程度認めざるをえなくなっています。

ただし、中国にとって尖閣諸島の戦略的意味は、南シナ海に比べて低下しています。尖閣諸島は対米関係にとって重要なのであって、太平洋に打って出るために必要な航路の確保という意味です。

米国艦船は、ハワイやグアムに自国基地があり、沖縄や日本にも軍港があるので、太平洋のみならず中国近海全域をも自由に航行できます。ところが中国の艦船は、原潜を除いて物理的に無理なのです。太平洋上に給油できる基地や同盟国がないからです。

中国政府は、米中会談の際には必ず「二つの大国」を強調していますが、米中間の海軍展開能力には決定的な差があります。まず、樺太から日本列島を経て琉球諸島、そして尖閣諸島まで、その弓状の島々は中国を閉じ込める自然の封鎖線をなしています。

中国は、この封鎖線を突破したいのですが、唯一の海路が琉球諸島と尖閣諸島の間にあるわずかな公海の海域です。だがここを中国艦船が通ると、日本政府が大騒ぎをします。偵察機、偵察艦(船)が中国の艦船の周りを監視します。

中国は、この点でアメリカの黙認・承認を得て、太平洋への航路を確保したいのです。

中国はこの海域の海底油田開発を狙っているとする議論がありますが、半世紀以上石油掘削を行っていません。今さらやる気もないでしょう。領土主権の争いは、太平洋に出る航路の安定的確保が、主な目的だといえます。尖閣問題は、そうした米中の世界戦略の中で見ない限り、本当の姿は見えてきません。

ウクライナ問題と南シナ海の油田開発

編…南シナ海で緊張が高まっています。中国にとって南シナ海の重要性とは?

加々美…南シナ海は、中国にとって原油・天然ガスの供給地として、またシーレーンとしても重要度が増しています。イスラム国が台頭して中東地域は混乱の度を増し、安定的な石油の確保が困難になっています。価格の変動が激しく、供給量も一定しないからです。

こうした中東の紛争拡大は、石油輸入依存(依存度は55%を越える)の高い中国にとっては、頭痛の種となっています。2015年度ベースで中国の原油生産が2億1千万d、頼らねばならない輸入原油量が3億2500万d。さらに中東の紛争によって、原油価格がいよいよ不安定化するからです。

中国は、石炭から天然ガスへのエネルギー転換のまっただ中にあります。中国のエネルギー源のうち70%以上が石炭ですが、これがPM2・5をはじめとする大気汚染、水質汚染・土壌汚染を引き起こし、臨界点に達しています。

特に土壌汚染は深刻で、全土の農業に悪影響が出ています。食品の安全性に対する信頼が揺らぎ、中国の小金持ちはもはや国内産を買わず、日本などの外国で爆買いをするようにすらなっています。

政府は、天然ガスへのエネルギー転換を図っていますが、なかなか進みませんでした。北京の人口は、出稼ぎ者などを含めると約3000万人ですが、冬の暖房はすべて石炭でまかなっていました。これを順次天然ガスに転換していますが、胡錦涛時代は年間10万世帯のペースでした。これでは遅すぎるということで、習近平政権は、年間100万世帯分を転換するという方針を出して実施しています。こうなると、天然ガスが決定的に足りません。

「一帯一路」構想

加々美…エネルギー確保の方法として中国は、@南シナ海の石油・天然ガス開発と、Aロシアからの輸入、を図ったわけです。

ロシアは、天然ガスをEU向けに輸出していましたが、ウクライナ・グルジア問題が起こったために、天然ガスを取引材料にするために、EU以外の輸出先を探していました。中国はこれを好機と見て、ロシアの天然ガス輸入を画策しました。ロシアは、フランス・ドイツなど欧州諸国との関係を維持するため、態度をはっきりさせませんでしたが、相当量を中国に回したのは間違いありません。

中国には、対ロシア関係を悪化させないために、ベトナムとの対立を避けなければならない理由があります。それは、ベトナムは一貫してロシアと友好関係を作っており、経済的結びつきも深いからです。そのままロシアとの関係悪化につながりかねません。

もう一つは、シーレーンの確保です。中東からの石油・液化天然ガスタンカーは、南シナ海を通って、海南島や広東で陸揚げしていますが、南沙諸島で紛争が多発しているため、インドシナ半島で陸揚げし、広州・広東を抜けて北へ運ぶパイプラインを計画しています。このためにも、対ベトナム関係は重要です。

一方、フィリピンとは対米、対日関係が問題であり、対露関係は影響しないので、強硬な態度にでていると言えます。

つまり、中国にとって南シナ海は、エネルギー確保にとって重要な意味を持っている、ということです。このため中国は、海路(タンカー)による石油輸送を陸路に転換しようともしています。江蘇省の連雲港から新疆ウルムチを経て、中央アジア、ロシア、さらにオランダのロッテルダムまでつながる陸路パイプラインを完成させました。

一帯一路 習近平が提唱している経済圏構想。中国西部から中央アジアを経由してヨーロッパにつながる「シルクロード経済ベルト」(一帯)と、中国沿岸部から東南アジア、インド、アラビア半島の沿岸部、アフリカ東岸を結ぶ「21世紀海上シルクロード」(一路)の2つの地域で、諸国の経済不足を補い合い、インフラ投資の拡大だけでなく、新興国への経済援助を通じ、中国を中心とした世界経済圏を確立する構想。

差し当たりはウクライナ・ロシアの天然ガスを陸路で大量に入手すること、そこに中国の狙いがあります。不確定要素の多い海路による石油天然ガスの中東依存度を緩和させることができるからです。

「一帯一路」構想は、中国のエネルギー政策と密接に関係しています。江沢民時代の2000年頃から提唱され始め、胡錦涛時代を経て、習政権発足とともに強力に推し進められています。

イスラム国の台頭による中東の不安定化とグルジア・ウクライナ紛争が、中国の世界戦略を大きく転換させています。その背景には、国内での環境問題が臨界点となっており、石炭から天然ガスへのエネルギー転換を余儀なくされていることがあります。

安保論議の中で想定されている「中国の脅威」については、こうした全体像の中で理解する必要があります。

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