2015/5/31更新
龍谷大学経済学部教授/琉球民族独立総合研究学会共同代表 松島 泰勝さん インタビュー
翁長沖縄県知事が、27日から訪米する。「訪米で絶対に(基地を)作らせないことを米国に伝える」と外国特派員協会(東京)でも強調した。辺野古基地問題を契機に琉球独立論が、かつてなく現実味を帯びて語られ始めている。
琉球独立学会が結成されて2年。学会員は300人となり、今年の総会では、大田昌秀元県知事が基調講演を行った。県議会でも「植民地」という言葉が飛び交うという。独立論は、一部の知識人・文化人・活動家から、公の世界で語られるテーマとなりつつあるようだ。独立学会をリードする松島泰勝氏に、インタビューした。
琉球独立めぐる論議も、本土と琉球の温度差は大きい。この現実にこそ、我々は向き合うべきだろう。(文責・編集部)
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編集部…辺野古基地問題をめぐって、沖縄県と政府が全面対決という様相です。翁長知事の基地建設反対の意思は堅く、一歩も譲らないという姿勢に対し、政府が慌て始めています。新基地建設をめぐる対立は、独立論議にどんな影響を与えていますか?
松島…翁長知事の辺野古に新基地を作らせないという強い意志は、知事選挙のみならず、昨年末の衆院選、名護市長選で示された琉球民衆の民意に基づいたものです。翁長知事は、強権を振るう権力に対しては抵抗し続けるという琉球民族を象徴する政治家となっています。
しかし、琉球が大きな国や権力と闘ってきた歴史は、世界最強である米軍の占領期にもありました。
その象徴が、瀬長亀次郎です。講和条約締結後の1950年代半ば、瀬長氏は、占領軍のあからさまな妨害を跳ね返して那覇市長に選出されますが、米軍への抵抗の姿勢を崩さなかったために、冤罪で逮捕されます。その後も米軍は、法律を変えてまで彼の公民権を奪って公職追放し、政治活動を禁止しましたが、それでも不服従を貫きました。
瀬長氏は、ここ数年、抵抗のシンボルとして見直され、当時の獄中日記が「不屈」というタイトルで出版されました。辺野古現地にも、「弾圧は抵抗を呼ぶ、抵抗は友を呼ぶ」という瀬長氏の言葉が大書されています。
瀬長氏は、沖縄人民党委員長ですし、日本復帰後は共産党の国会議員として活動します。生粋の左翼政治家ですが、翁長知事は、県知事選の最中に「不屈」を読んだと聞いています。政治イデオロギーは違っても、琉球人としてのアイデンティティ=抵抗精神を重んじるという「イデオロギーよりもアイデンティティ」です。
4月に菅官房長官が訪沖し、翁長知事が直接会談した際も、堂々と対応することができたのは、琉球の人々の強い支持が背景にあるからです。
会談は、元米軍将校クラブであった「ハーバービュー・ホテル」で行われました。植民地時代を象徴するホテルで官房長官と面談した翁長氏は、日本政府の強権的な姿勢に対して、「琉球人の意思を無視するやり方は、キャラウェー高等弁務官と同じではないか!」と批判しました。キャラウェー氏は「琉球人には自治能力がない」と語った米軍人ですが、安倍首相の姿がこれに重なるのだと抗議したわけです。「粛々と進める」という言葉への翁長知事からの痛烈な批判は大きく報道されていますが、こうした背景がありました。
翁長知事は、当選直後に安倍首相に「基地問題の説明を」と面会を求めましたが、菅官房長官も含めてこれを拒否し、琉球人は深い屈辱感を味わいました。沖縄を訪れた菅官房長官は、知事室に出向いて会談をするのではなく、米軍統治時代に将校クラブが開かれたホテルに呼びつけたのです。こうした日本政府の高圧的態度が重なり、琉球の民族的アイデンティティは、いっそう強まっています。
こうしてみると、現在の対立は、「地方自治体と中央政府の対立」ではなく、「琉球人VS日本政府」という民族問題に変化したといえます。民族問題は、自己決定権の追求として独立に向かいます。翁長知事は、言葉として「独立」を語っていませんが、独立に結びつく行動を起こしていると思います。
経済界も大きく変化しています。これまで沖縄経済界は、自民党を支持することで振興策や経済支援を求めてきましたが、今や「辺野古基地建設反対」を明言し始めています。沖縄独立論は、かつて居酒屋談義であった時代がありましたが、今や独立は現実的選択肢になっています。
翁長県知事は、基地建設阻止のためにできることは全てやる、という覚悟です。妥協のない徹底抗戦を貫くのは、県民の意思に加えて、瀬長亀次郎というモデルがあるからです。瀬長氏は抵抗を貫くことで歴史に名を残しました。翁長知事がもしも態度を変えるようなことがあれば、仲井真前知事のように、歴史に恥を残すことになる、と自覚しています。
知事は、琉球の長い歴史の中で自分はどう立ち振る舞うべきか?を考えていると思います。目先の経済的利害で妥協することは、あり得ません。日本政府が沖縄振興策をとり止めるのなら、基地の全面撤去を要求するでしょう。跡地を再開発した方が経済発展すると考える財界人もたくさんいます。
独立学会は2013年5月に発足し、2年間で会員数は300名を超えました。かつては距離を取っていた著名人も、「独立は選択肢の一つ」として入会してきています。大田昌秀元県知事もその一人です。今年の総会で基調講演をしていただきます。これ自体が一つのニュースです。
海外留学から帰ってきた若い研究者が、海外の事例と比較して琉球独立を検討したりと、実証的研究を重ねています。
独立学会は、実践とも結びついています。辺野古基地反対運動を担っている人々は無論ですが、琉球諸語の復興運動を進めている人もいます。会員のほとんどは、こうした実践に裏打ちされた独立を考え議論しています。
編…県庁サイドの参加はありますか?
松島…県庁はもともと、日本への併合に際して現地事務所的な性格だったので、今のところ独立学会に関与していませんが、翁長知事がトップですから、将来、何らかのアプローチがあるかもわかりません。
県議会でも、「自己決定権」が話題とされるようになりました。「植民地化」の言葉も、普通に語られています。自己決定権の行使には最高形態である独立が含まれています。現役政治家も独立を意識し始めたと言えます。
編…スコットランドの独立をめぐる住民投票で、独立が否決されましたが…。
松島…残念ながら投票では否決されましたが、与党のスコットランド民族党は独立運動を継続していますし、若者の間で独立支持が広がっています。住民投票は1回限りではありませんので、将来の独立はあり得ると思います。いずれにしても、民主主義の母国といわれるイギリスで、独立が現実的な選択肢として取り組まれていることの世界史的意味を考えたいと思います。
背景には、市場原理主義に対する批判があります。市場原理主義によって、貧富の格差が広がり、生きづらい社会になっています。スコットランド政府は、新自由主義を批判し、社会民主主義的政策を掲げて、住民にやさしい社会づくりをめざしています。国造りのための政策もさまざまな方向性がありますので、大いに議論したいと思います。
スコットランド政府は、移民であってもスコットランドの歴史と文化を尊重するならスコットランド人として認める、という政策を実施しています。このため、移民の支持者も増えています。「琉球人とは誰か?」という独立の主体に関しても、大いに参考になる議論です。
独立住民投票の主体は琉球人に限定されますが、琉球は民主的で平和な非武装中立の国になりますので、憲法や法律の制定に関しては、世界から琉球にやってきた他の諸民族を排除することはないと思います。
住民投票の時期に現地を訪問し、世界各地で独立運動を行っている活動家と交流もできました。スペイン・カタルーニャ州、バスク地方のみならず、ベルギーのフランドルにも独立運動があります。日本国内で琉球独立はほとんど無視されていますが、世界的視点で見ると、独立は現実的選択肢なのです。
独立学会は年2回の総会を行いますが、うち1回は、沖縄島以外の島で開催します。昨年は宮古島で開催しましたし、今年は石垣島の予定です。「琉球の島々は対等である」という原則からです。沖縄島中心ではなく、それぞれの島で独立を議論し、自己決定権を行使して自らの未来を決定するべきです。
シンポジウムのテーマは、昨年は、「スコットランド独立」でしたが、今年は、「琉球の平和と独立」と題して大田昌秀元知事が基調講演を行います。その他、長老といわれる人々が独立をどう考えているのか?を拝聴して、紀要に収録して後世に引き継いでいきます。
日本政府は、常套手段として琉球を分断して統治しようとすると思います。琉球が分裂しないように琉球アイデンティティの軸をしっかり打ち出し、現実の運動に足場を置きながら独立への議論を深めたいと思っています。
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