2015/5/15更新
「消費者物価上昇=2%、名目経済成長=3%以上」の目標を掲げて出発した「アベノミクス」だが、今年2月の消費者物価は、消費税増税分を除くと0%。家計消費は、11ヵ月連続のマイナス、自動車販売台数も住宅新規着工件数も12ヵ月連続マイナス。世論調査では75%が「景気回復の実感がない」と答えている。
株高にしても、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)等による買入が主因の官製相場だ。実態が明らかになりつつある「アベノミクス」について若手研究者に問うた。(文責・編集部)
編集部…春闘について「昨年を上回る賃上げ」と発表されています。どう評価していますか?
□□…安倍政権は財界に賃上げを要請し、連合傘下の大手企業については、昨年の賃上げ率(2%)を上回る回答をした、と報道されています。しかし、同期間の物価上昇率は2・6%なので、名目賃金は上がっても、物価上昇に見合っていないので、実質賃金は下がっており、労働者の購買力を奪っている状態が続いています。
(図1)家計と企業の粗貯蓄対名目GDP比 |
さらにこの賃上げは、連合あるいは経団連に加盟している大手企業が中心で、中小企業は含まれていません。厚労省の調査によれば、2014年5月の従業員5〜29人の中小企業の所定内給与の伸びはマイナス、30人以上の中小企業でもプラス1%に届きませんでした。中小企業は、大企業のような賃上げはできないわけです。要するに、大半の労働者には波及しておらず、実質賃金はさらに下がっているのが実態と言えます。
なぜ賃上げに勢いがないのでしょうか。それを説明するのが図1です。「家計と企業の粗貯蓄対名目GDP比」をみると、家計貯蓄率と企業貯蓄率は、98年から乖離し始めています。
資本主義的経済システムのもとでは、企業はより多くの利潤を獲得するために、投資機会に敏感に反応してお金を借りてでも投資するので、企業貯蓄率は下がる傾向があります。一方、家計は、老後や子どもの教育費などのために収入の一部を貯蓄に回すので、家計貯蓄率は上がる傾向があります。
つまり、家計が貯蓄をし、企業は資金を借り入れます。この家計からの預金を企業に回すのが銀行の役割であり、家計貯蓄率は企業貯蓄率を上回るのが健全な資本主義のあり方でした。
ところが98年以降、家計貯蓄率が企業貯蓄率を下回り始め、その乖離は増大し続けています。これは明治維新以降、つまり日本の資本主義の歴史の中で初めてのことなのです。その意味で、企業がお金を貯め込み、家計がお金を借りる現状は、健全な資本主義の常識からしてもおかしい状態です。日本資本主義は、正常に機能しなくなっていると言えます。
編…それは、日本特有の傾向ですか?
□□…ローレンス・サマーズ米財務長官(当時)が、2013年のIMFのセミナーで、「長期停滞」という言葉を使って米欧経済の特徴を表現しました。内容は、@2008年のリーマンショック以来、景気が回復していないが、これは、資本主義の構造変化を示している。A特に企業部門の投資に勢いがなく、富裕層や一部巨大企業にお金が滞留し、社会全体に回っていかない。Bだから雇用が増えないし、イノベーションも起こらない、と指摘しました。つまり、日本ほど顕著ではないにしても、資本主義全体が同じような状態にあると言えます。
編…画期となった98年転換の原因や意味は?
□□…主流派経済学者たちは、高齢化が原因だとしています。高齢化が進むと貯蓄を取り崩す人が増えるからだ、と解釈したわけです。しかし「それは原因の一部に過ぎない」と私は考えています。90年代に非正規雇用が増えていく過程は、雇用の不安定化と共に労働者全体の所得が減少していく過程でした。これが主因で家計貯蓄率が低下した、と考えています。
両者の論争は今も続いていますが、家計と企業の貯蓄率の乖離が大きな問題であることは共通認識です。
編…アベノミクスによる「異次元金融緩和」が続いています。効果と実体について解説してください。
□□…まず、『オリエンタル・エコノミスト・アラート』誌編集長・リチャード・カッツの「ブードゥー・アベノミクス(呪術的アベノミクス)」と題された論文を紹介します。カッツが総括する「異次元緩和」の「不成果」に関するリストは正確です。
こうした現状認識を踏まえたうえで、カッツは「アベノミクス」を「信用詐欺(confidence game)」と呼び、強く批判しています。つまり、金融政策で景気が回復することはあり得ない。「(日本が)自信を取り戻すにはインフレ(ターゲット)よりもずっと本質的なもの、つまり、有意義な構造改革」を実行するしかない、と断じています。また、日本企業の多くが資金を国内に投資するよりも内部留保にまわしている現状を踏まえると、法人減税も企業に投資を決断させるには有効でない、とも言っています。
リフレ政策とは、ゼロ金利のもとでも、物価を上げてやれば、実質金利はさらに下がる(マイナス金利)ので投資が促され、経済成長の好循環が生まれる、というものです。このリフレ政策は、完全に破綻しています。
旧・経済企画庁の調査によれば、企業が投資を決める理由は、「予想以上の需要増加」が69・5%、「他企業の動向から競争力を維持するため」が58・8%でした(経済企画庁調査局[1984])。つまり、利子率の投資への影響はほんのわずかでしかありません。実際、民間企業の設備投資は思うように伸びておらず、実質金利の低下は民間投資に結び付いていないのです。これは、政府も含めた主流派経済学者も認めざるを得ない事実です。
量的緩和政策は意味がないのです。本質的な問題は実体経済にあり、企業の投資決定をうながす国内需要の喚起が求められています。
編…経済的不平等が広がっています。これに対し、未だにトリクルダウン(しずく)理論が語られています。
□□…2014年12月にOECDが発表した「所得格差は経済成長を損なうか?」という興味深いレポートを紹介します(OECD[2014])。その結論は「所得格差が拡大すると、経済成長は低下する。格差問題に取り組めば、社会を公平化し、経済を強固にすることができる」というものです。そのポイントは以下のとおりです。
経済成長を加速させる最大の貢献者は人だ、ということです。多くの人が貧困によって潜在能力を発揮できない状態にあり、しかも貧困が世代を超えて連鎖していく現状において、経済成長は見込めない、との警告です。
これは、貧困ゆえに物を買えないという需要面の問題だけではなく、物を作る供給面においても、経済成長にダメージを与えている、という報告です。
所得再分配は、成長を阻害しないばかりか、「人的資本」への投資をうながし、(労働)供給面から経済を刺激する、その結果、所得再分配政策は、成長を促しうることが調査によって裏付けられた、と報告しています。
今日必要な政策は、企業に滞留している過剰貯蓄を適切な租税政策によって徴収し、これを原資として、低所得世帯や所得階級下位40%以下世帯へ再分配することです。これは、消費性向の高い低所得世帯の購買力を高め内需をサポートするという意味で重要であるだけではありません。労働供給の質を改善することによって、この社会・経済の長期的な「成長」にとっても重要なのです。
いま欠けている視点はこれです。「リフレ政策、是か非か」という対立軸は、すでにこの2年の経験によって無意味であることがあきらかになっています。経済政策をめぐる真の対決線は、「企業部門の過剰貯蓄をどのように解決するか」ということをめぐって引かれているのです。
つまり、本当の政策的対立軸は、供給サイドの構造改革こそが企業投資が活発化する道だと考えるのか、それとも、資本主義は成熟してしまっているので、経済外的な力によって企業に滞留する資金を再配分するしかないと考えるのか、という点にあります。政府・財界は、労働市場を流動化させることによって、人材が出会い、イノベーションが起こって投資機会が生まれ、成長につながると考えていますが、これは絵空事です。
過剰資本の半分でも良いので、取り上げて再配分すべき、というのが私の主張です。ピケティは、所得格差を是正するためにグローバル富裕税を提唱していますが、ピケティの論理構成も基本的には同じです。
編…ケインズ主義への回帰と聞こえます。新自由主義が登場してきた背景は、ケインズ主義の破綻です。かつてのケインズ主義と違いはあるのでしょうか?
□□…まず、米国や日本の1950〜60年代と現在の違いを説明します。高度経済成長期の資本主義は、所得の再配分だけでなく、大規模な生活スタイルの変化を伴っていました。
農村の大家族制から、次男三男が都会に流れ込んで核家族化し、「三種の神器」=白物家電が急速に社会に浸透し、女性の生き方も変わりました。
高速道路や鉄道網が整備され、移動手段が革新されて移動時間も劇的に短縮化しました。生活スタイルの変化が爆発的な消費を生み、だから企業は投資を増やし、消費を支えるためにも賃上げに応じたわけです。まさに景気の好循環です。
ところが、現在は違います。IT革命は大きな技術革新ですが、ITが効率化するのは、人間の認知機能とコミュニケーション機能だけです。家族のあり方を変えたり、移動時間が根本的に変わるという変化にはつながりません。大規模な消費拡大にはつながらないのです。
こうした時に企業が投資を増やし賃上げに応じることは、経済外的な力が働かない限りありえません。かつてのように企業が社会的冨の再配分の要となる時代ではないのです。
だからこそ政府が主導して、所得の再配分を行わないといけないのに、自民党政府は真逆のことをやっています。
消費税を上げるな!とか社会保障費を上げろ!という個別の要求は大事ですが、政府を変えないとダメです。これは、経済成長や資本主義を肯定したとしても、必要な政策課題です。
HOME┃社会┃原発問題┃反貧困┃編集一言┃政治┃海外┃情報┃投書┃コラム┃サイトについて┃リンク┃過去記事