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2015/4/7更新

安倍政権

捜査機関の焼け太り
「取り調べ可視化」とセットで密告奨励・盗聴拡大の法案提出

足立 昌勝 (関東学院大名誉教授)

安倍政権は、3月13日「盗聴法の拡大と司法取引をふくむ刑事訴訟法等一部『改正』案」を閣議決定し、国会に法案を提出した。5月連休明けにも成立させようとしており、緊急な対応が求められる。

同改正案は、もともと大阪地検による証拠改ざん事件(いわゆる村木さん事件)がきっかけであり、「冤罪を防ぐ」が出発点のはずだった。ところが、法制審議会が昨年9月に法務大臣に答申した「新たな刑事司法制度の構築についての調査審議の結果」は、一部事件の取調の可視化を義務化しているものの、盗聴の飛躍的拡大と司法取引導入=密告奨励をその内容としており、極めて危険だ。足立昌勝氏(関東学院大名誉教授) の講演(主催:共謀罪に反対する市民連絡会・関西)をもとに同改正案の実体を明らかにしたい。(編集部・山田)

限定的な取り調べの可視化

改正案は、取り調べの可視化を義務づけているが、その対象は、@殺人など裁判員裁判の対象事件(全刑事裁判の2〜3%)と、A特捜部などによる検察の独自捜査事件(年間100件程度)に限定している。しかも捜査側に都合の良いところだけの部分可視化で、「これではかえって冤罪を生む場合がある」と足立氏は指摘している。

しかしより問題なのは、捜査機関が可視化と交換に「新しい捜査の武器」として求めている@盗聴の拡大・合理化と、A司法取引の導入である。取り調べの可視化と「新しい捜査の武器」は、冤罪防止の観点からしても全く相容れない「水と油」の関係なのだが、「新しい武器」は、そのままでは国会を通らないから、可視化とセットにして法案化されたのである。

盗聴対象の飛躍的拡大

現行盗聴法(通信傍受法)の対象犯罪は、暴力団関連犯罪の@銃器犯罪、A薬物犯罪、B集団密航、C組織的殺人、の4類型に限定されていた。ところが「改正案」では、傷害、詐欺、恐喝、窃盗など、日常的に耳にする一般犯罪にまで大幅に拡大されようとしている。

最高裁は、「重大な犯罪に係る被疑事件」であることを電話盗聴の適法性の要素としていた(1999年12月16日第三小法廷決定)が、詐欺、恐喝、窃盗については、いずれも財産犯であり、「重大な犯罪」との要件をなくすことになる。

「適用犯罪の拡大は、盗聴法の質的転換を意味する」と、足立氏は警鐘を鳴らしている。一般犯罪への適用拡大は、盗聴対象を組織に限定せず、全ての人間を対象にすることになるからだ。捜査にとっての「必要性」「有用性」を基準とすれば、警察の恣意次第でどんどん拡大していくことになるのは目に見えている。

その例として足立氏は、「公衆トイレに『反戦』と落書きし、起訴された事件」(2003年)をあげる。裁判では建造物損壊で有罪となったが、盗聴が一般刑法犯へ適用拡大されれば、こうした抗議行動も盗聴の対象になりうるという。

市民運動の一般的な宣伝方法であるビラやポスターを街に貼ることも、「組織的犯罪」だとして、盗聴が可能となるかもしれないのである。

盗聴「常時立会制度」も撤廃

また、プライバシーを侵害する危険のある通信傍受法が抑制的に運用される歯止めとなっていた「通信事業者の常時立会制度」も撤廃される。

常時立会は、@傍受記録の改ざんの防止と、A通信傍受の濫用を防止するという2つの機能を果たしていた。ところが、改悪案が成立して手続の合理化・効率化がなされれば、捜査機関は令状さえ取得すれば簡単に傍受が可能となるので、安易に傍受捜査に依存することになるのは必至であり、濫用の危険は増加する。

密告を奨励する「司法取引」

「司法取引」は、事件の容疑者や裁判の被告が取り調べや公判で他人の犯罪について真実の供述・証言をするのと引き換えに、不起訴にしたり求刑を軽くすると検察官が約束する仕組みだ。銃器・薬物に関わる組織犯罪や、汚職などの経済犯罪を想定している。弁護人の同意のうえで合意文書を作るので、「確実な保証が得られる」とされ、公布から2年以内に実施されることになる。

しかし、これも「新たな冤罪の危険性を孕んでいる」(足立氏)という。自分が有利な扱いを受けたいために、他人を罪に陥れる危険があるからだ。ウソの供述をした場合は5年以下の懲役という罰則は設けられているが、逆にいったん合意すると、後で撤回できない圧力として働くことになる。

甲南大・笹倉香奈准教授は、米国における司法取引の実態を調査し、次のような事実を指摘している。@死刑冤罪事件の45・9%は、司法取引による誤った証言が根拠とされた。ADNA鑑定によって無罪を勝ち取った250人の事例を研究した報告によると、そのうち司法取引によるウソの証言が有罪判決を支える証拠になっていたものが52件あった、と報告している。

足立氏は、「司法取引が導入されると、共犯者を落として言わせるという捜査手法が、幅をきかせることとなる」とも指摘している。物的証拠に基づく捜査ではなく、他人を売るという「供述」が捜査の出発点になってしまい、供述に基づく裏付け捜査しかなされず、「実体的真実主義と言われる、実体解明とはほど遠いものが裁判で行われることになる可能性がある」と語る。

他にも、@売られた側は抗弁できない、A検事が司法取引を現場の警察官に委ねることができる、などの問題もある。

反対できない日弁連執行部

冤罪防止と捜査権限拡大は、本来セットで採決すべき課題ではない。日本弁護士連合会(日弁連)の大会でも個別採決を求める意見が出たが、執行部は無視した。「取り調べの可視化が導入されるのならば、それを最優先して反対すべきではない」との意見があり、法制審の議論の中で日弁連執行部は一括採決に同意してしまっているためだ。法務省による「盗聴法の改悪に反対すれば、可視化の部分もなくなりますよ」という恫喝まがいの説明に屈した結果である。

このことで、民主党への働きかけも困難になっている。日弁連が反対しないのなら、民主党としても反対しづらい、という空気があるという。

次に待つのは「共謀罪」

「盗聴法次に来るのは共謀罪」と言われるが、足立氏は、「反対論が強くなる共謀罪は今のところ動いていない」と語ったうえで、次のような事情を説明した。―法務省は、今回の刑訴法改悪をできるだけ早く通したいとの思惑がある。刑訴法改悪で審議が長引けば、今国会の目玉である「集団的自衛権」を通すための時間がなくなるからだ。このため、反対論が強くなる共謀罪は、動いていないだけなのだ。

しかし、いったん盗聴が拡大されれば、「共謀」の立証は容易になる。捜査機関が共謀罪や特定秘密保護法違反などを立証するのに盗聴は「必要かつ有用」となり、盗聴適用範囲がさらに拡大される危険も大きい。盗聴と「共謀罪」は、互いに補完し合う強力な捜査の武器でもあるのだ。

安倍内閣は、数を頼んでの強行採決も辞さずの構えであるが、マスコミには敏感で、メディアが強力な反対論を繰り広げれば、止まる可能性もある。実際、これまでマスコミが盗聴法と共謀罪をセットにして反対の論陣を張って、歯止めをかけてきた。しかし、今回の改悪に関してマスコミは全く無関心で、可決を容易にしている。

「冤罪防止」という名目で始まった刑事司法改革が、逆に冤罪の温床を拡大することになるのなら、本末転倒だ。

盗聴法改悪は、共謀罪新設への大きな一歩であり、両者が運用される社会は、暗黒の警察国家である。安倍政権が進める戦争国家化と両輪をなすことにもなる。早急な反対世論の喚起が必要だ。法案が上程された3月13日、18弁護士会会長連名による「通信傍受法の対象犯罪拡大に反対する」共同声明が発せられた。もうあまり時間はない。

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