2015/2/28更新
ジャーナリスト/同志社大学大学院社会学研究科博士課程教授(京都地裁で地位確認係争中)浅野 健一
昨年12月の総選挙の際、安倍晋三首相と菅義偉官房長官が、揃って首相官邸を離れ、選挙の地方応援に出掛けることが多かった。一強政権の傲慢さを象徴している。公務放棄の選挙活動で、前例のない無責任ぶりで、何かあるとどうするのだと思っていた。
その期間、ジャーナリストの後藤健二さんと軍事会社経営の湯川遥菜さんがシリア領内で拘束され、ヨルダンなどに対策本部が設置されていたことを、有権者は全く知らなかった。武装組織「イスラム国」(以下、IS)による2人の殺害の後に、当時、日本国に非常事態が起こっていたことが分かった。
湯川さんの誘拐は昨年8月に発覚し、後藤さん拘束は11月に分かっていた。ISから昨年12月初め、後藤さんの妻に身代金を要求するメールが届き、拘束グループとの交渉が行われていた。
安倍政権は、後藤さんの拘束事件をひた隠しにして、総選挙を強行した。卑怯だ。選挙後、首相はメディアの幹部記者、経済人と連日のように超高級飲食店で夕食を取り、内外の有名歌手のコンサートに出掛け、映画鑑賞、ゴルフを楽しんだ。年末年始は公邸を離れ、六本木のグランドハイヤットホテルと山梨県の別荘に宿泊した。
ISが1月20日のビデオ声明で、この2人を拘束し、身代金を要求すると明らかにして、日本人民は初めて2人の拘束事件を知った。
IS側は安倍首相に対し、「あなたは我々の女性と子どもたちを殺し、イスラム教徒の家々を破壊するために、1億ドルを得意げに提供した」などと批判。日本人民に対して、「あなたたちの政府のバカげた決定のために、あなたたちは、72時間以内に日本政府に対して、2億ドルをイスラム国に支払うという賢明な判断を迫らなければならない」と呼び掛けた。
安倍首相は、17日の阪神淡路大震災の20周年記念行事に参加せずに、1月16日から21日までエジプト、ヨルダン、イスラエル、パレスチナを訪問した。安倍首相は17日、カイロでの演説で、「イスラム国の脅威」を食い止めるための「イスラム国対策」として、2億ドルのテロ対策支援を表明した。この「カイロ演説」が事件の引き金になったのは、間違いない。首相は軍需産業を含む企業幹部150人を引き連れ、武器、原発輸出のトップセールスを行った。
事件発覚後、首相は訪問中のエルサレムで緊急記者会見し、「許しがたいテロ行為だ」などと述べ、テロには屈しないと強調した。首相の左にイスラエル国旗があった。アラブ人民が忌み嫌う「ダビデの星」(六芒星)は、イスラエル国家の暴力性を象徴している。テルアビブの日本大使館で会見すべきだった。
1月24日に、湯川さんが殺されたという情報があり、2月1日、後藤さん殺害の動画が流れた。13日におよぶ事件は、2人とも死亡という最悪の事態になった。ISは、イスラム国を空爆する有志連合に協力する首相を非難し、日本人を標的にすると宣言。これに対し、首相は「罪の償いをさせる」などと述べた。日本はISだけでなく、世界各地のアラブ急進各派の敵になった。
岸田外相は2月5日、国会で「イスラム国と直接やりとりを一度もしていない」と答弁した。菅官房長官も、国会論戦で、「テロリストとは交渉しない」と断言し、2人を拘束しているのがISと分かったのは1月20日のユーチューブ以降で、それまでISと特定できなかった、と述べ、後藤さんの拘束を確認したのは12月19日だと、強調した。ISによる事件と分かったのは総選挙の後だと言いたいのだろうが、それなら、昨年11月以降、あらゆるチャンネルを使って対応したというのはウソになる。国民の命など考えない無能無策内閣だ。
政権はISと交渉する気はなかった。「あらゆる方法を使って救出する」はウソだった。後藤さんはシリアに入る前、英国の誘拐保険に入っており、妻は保険会社を通じて交渉していたが、日本政府が妻に交渉を打ち切るように命じた。また、政権は後藤さんの妻に口止めをしていたと思われる。2人の家族、友人が昨年12月に外国特派員協会等で記者会見して支援を要請すれば、事態は変わっていただろう。
湯川さんを救出するために、ISとパイプがある中田考・元同志社大学教授とジャーナリストの常岡浩介氏は現地へ向かおうとしたが、警視庁公安部が昨年10月6日、ISに加わるため海外渡航を企てたとして、刑法の私戦予備・陰謀の疑いで、北海道大生らを任意で聴取するとともに、2人の家宅捜索を強行したため、渡航できなくなった。
中田、常岡両氏は、事件が明るみに出てから、政府に協力すると表明していたが、政府はこの貴重な人脈を使わなかった。IS側が最後通告してきた際、安倍首相と菅官房長官は、後藤さんの母親や妻からの面会要請に応じなかった。政府首脳はいまだに遺族に会ってもいない。何という冷たさかと思う。
2月12日の共同通信によると、ISは2月12日に英字機関誌で、事件について「傲慢(ごうまん)な日本政府に恥をかかせるのが目的だった」と主張。安倍首相が2億ドルの人道支援を発表するまで日本は「標的として優先度は高くなかった」とし、支援表明を「軽率な約束」と非難。「日本人は今や戦闘員らの標的だ」と主張した。さらに、「平和」憲法がありながら、日本はこれまでアフガニスタンやイラクの戦争で米国などを支持してきた、と指摘した。ISが事件を起こした動機が、ここにはっきり書かれている。自衛隊のイラク派兵以降の日本の中東政策が、日本を危機に陥れている。
この事件で、日本が昨年9月からIS支配地域への空爆を続ける有志連合のメンバーであることを、日本人の多くが初めて知った。
ところが、安倍首相はカイロでの、「ISと戦う周辺各国に支援を約束する」という表明に関し、「適切で何の問題もない」と開き直っている。
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