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2015/1/31更新

フランス紙襲撃テロ事件〜劇場型追悼デモ   非対称な 「表現の自由」
フランス社会が生み出した絶望 ・ 怒りが
中東を経由して戻ってきた

フランス現代思想研究者  杉村 昌昭 さんに聞く

日本人人質事件が発生し、「テロ」という言葉が日常会話に入り込んできた。安倍首相は、盛んに「憤り」を表明するが、湯川遥菜氏の拘束は昨年8月に、後藤健二氏の拘束は遅くとも10月には、公安外事3課が把握しており、この数ヵ月間救出のための手段を全く講じてこなかったことは、明白な事実。今さら首相が口にする「人命第一」は、信ずるに値しない。フランス・オランド大統領は、低迷する人気回復を狙い「表現の自由」を掲げて劇場型デモを演出したが、安倍首相の狙いも見えてきた。

フランス現代思想研究者・杉村さんは、シャルリー社銃撃事件について「フランスの国内問題として捉えないと本質が見えてこない」と指摘する。テロの原因は何処にあり、解決の糸口は何処にあるのか? 再考したい。(文責・編集部)

左派新聞として出発した「シャルリー・エブド」

──シャルリー・エブドとは?

杉村…発刊当時から70年代を通じて、マンガを中心にした反権力辛口風刺新聞として人気があったのですが、81年に財政難で廃刊となります。10年の空白期を経て92年に、フィリップ・ヴァルというジャーナリストを中心に再刊された週刊紙です。再建に際してシオニスト資本が入ったようで、この頃に変質が始まったと言えます。

2000年代は、新自由主義グローバリズムが蔓延する時代背景のなか、フランス社会党もネオリベ路線を採用するのですが、シャルリー紙も、特に2001年のアメリカの同時多発テロ以降、反イスラム的となります。反権力を標榜しながらも親イスラエル的となり、イスラム嫌悪を堂々と表明するような挑発的風刺画を掲載するようになりました。ちなみに、多くの訴訟をかかえる同紙の顧問弁護士は、シオニストとして知られる人物です。

ただし編集部には、反グローバリズムを掲げる「アタック」の創設にかかわった経済学者ベルナール・マリスなども参加しており(今回の襲撃事件で死亡した)、単純にネオリベ派・親イスラエル派とは呼べない複雑さを持っています。

左翼紙として有名な「リベラシオン」も含めて、ほとんどのフランスのメディアにはユダヤ資本が入っているのですが、パレスチナとの共存を掲げる良心的なユダヤ人団体は、今回のテロ事件に関して声明を発して、イスラム嫌悪を批判し、アラブ系住民との共存を訴えています。

フランス政府が、この事件を利用して劇場型のデモを企画しました。ネタニヤフ・イスラエル首相とアッバス・パレスチナ自治政府議長が、各国首相とともに肩を並べ、いかにもフランスが、人種・民族を越えた連帯でテロに反対するかのような演出をしています。

社会党右派のオランド大統領は、サルコジ前大統領と変わらぬネオリベ政策で人気が落ちていたので、人気回復のために「反テロ・表現の自由」を掲げて、デモを企画したと言えます。

パリのデモに参加した人からの情報では、この追悼デモでは、三色旗に混じってイスラエル国旗が打ち振られ、イスラム系住民は沿道にも姿を見せず、全体として「白色系のデモだ」と断定しています。

テロの本質は国内植民地問題

杉村…「私はチャーリー」というスローガンが盛んに叫ばれましたが、学校現場でもこの押しつけがまかり通っています。フランスは多民族国家で、旧植民地であるアルジェリア系住民をはじめ、イスラム系住民が人口の約10%を占めています。「私はチャーリー」というスローガンに同調しない生徒も、たくさんいるのです。黙祷やスローガンを強制する学校も現れています。

パリ市の19区・20区は移民系住民が多いのですが、若者たちは人種差別と経済的貧困に苛まれ、明日に希望がもてない暮らしを続けているのです。欧州からイスラム国に義勇兵として参加する若者は、フランス国籍が最も多く、30%近くのフランス人若者がイスラム国を支持していると、いう調査結果もあります。今回の事件の犯人は、そうした若者の象徴と言えます。

フランスは非宗教多民族国家を標榜しているので、学校でのヒジャブ(髪の毛を隠すベール)着用は禁止されています。一方でキリスト教の象徴は街に溢れているので、「非宗教国家」といっても、公平・平等ではないのです。

テロ犯人の兄弟がアルジェリア系であったことは、アルジェリア独立戦争の遺恨が未だに解決されておらず、反アラブ・反イスラムの根強い差別が残っていることを示しているのではないでしょうか?

同様に、ユダヤコンプレックスも大きな社会要因です。第2次大戦中、ドイツに占領された期間にフランスは多くのユダヤ人を強制収容所に送り込んだ、という原罪を背負っています。このため、イスラエル批判は、反ユダヤ主義だと批判されかねないリスクを抱えることになりますし、シオニスト団体はこれを最大限利用して、圧力をかけます。

フランス左派も二分

─―フランス左派の反応は?

杉村…アタックなどの左派の対応は、2分されています。反資本主義新党(NPA・トロツキスト系)は、挙国一致デモへの不参加を表明しましたが、左翼党(仏社会党左派の離脱派と緑の党の一部との連合体)は、選挙政党なので、票を失うことを恐れて追悼デモに参加しています。

「表現の自由」デモに批判的な左派は、貧困と差別の中を生きるイスラム系住民への社会的抑圧がさらに強まることを危惧しています。左派としては当然の原則的立場です。しかし、表だって批判しづらいのは、残忍な殺し方への反感が抜きがたくあるからです。

殺された人々は決して極悪人ではなく、社会意識を持ってマンガや記事を書いていた人々があんな残忍な殺され方をしたのですから、反感は大きく、デモへの批判をしづらいのは、当然です。左派も含めてショックを受けています。

ただし、次の事実は見落とすべきではありません。昨年、イスラエル軍のガザへの大規模攻撃で2千人以上のパレスチナ人が殺されましたが、フランス左派がパリで大規模抗議デモを呼びかけたところ、社会党政府はこれを禁止したのです。その政府が今回の追悼デモを呼びかけるのはおかしい、という意見は、左派の中に広範にあります。

シオニストは、フランスの財界・知識人階層・メディア界に大きな影響力を持っており、ユダヤコンプレックスを利用しながら、効果的かつ大規模に「表現の自由」を行使できるのですが、一方でイスラム系住民は、自分たちの主張を表現できるメディアすら持っていないのです。

「表現の自由」は全ての人に保障されているわけではなく、特に社会の底辺を支えるイスラム系住民は、表現の自由を実質的に奪われているのが現実と言えます。極端に言えば、良からぬこととは言え、あのテロは追い詰められた人間の「表現の自由」の行使とも言えます。

若者・イスラム系住民と連帯できない左派

今回のテロ事件は、「イスラム国の指令だ」とか、「イエメンのアルカイダの作戦だ」とか言われていますが、それは一面的な見方です。起源はフランス社会にあり、国内植民地の問題なのです。イエメンやイスラム国の戦闘員がフランスに出向いて犯行におよんだのではなく、犯人は、フランスで生まれ育った若者です。フランス社会が生み出した絶望や怒りが、中東紛争を経由してフランスに返ってきた、と考えるべきです。フランスは、重い社会問題を突きつけられたのです。それをオランド政権は、「反テロ」で塗り潰してしまうという愚かな対応に終始しています。

今回のテロ事件は、尾を引くでしょう。テロが続くかもわかりませんし、イスラム系住民への圧力が増し、それに反発する動きが行動化されるかもしれません。挙国一致の「反テロ・反イスラム」宣伝で、イスラム系住民は、強い危機感と不安を抱えています。

同時にユダヤ系住民も、「また、自分たちがやられるのではないか」という緊張感と不安感を抱えています。どちらも緊張感を持って暮らさざるを得ない異常事態が作られています。

フランス左派にとっても、大きな試練です。新自由主義経済によって格差が広がる中、左派が、郊外で暴動を起こした若者たちやイスラム系住民との連携組織をほとんど形成できていないからです。

アルジェリア独立戦争の時もそうでした。アルジェリア民族解放戦線(AFLN)と結びついた白人系左派活動家や知識人は、サルトルを含めて極めて少数でした。

「イスラム系住民と連帯してフランス国内植民地問題を解決しなければならない」と、公然と活動し組織化する運動体は、まだできていません。これが出てこないと、根本的解決にはつながらないでしょう。

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