2014/12/29更新
イスラエル在住 ガリコ 美恵子
イスラエルのバイリンガル学校=「シェイク・ジャラ」のデモで、パレスチナ旗が振られなくなった。「ここで投石はないが、旗を振ると投獄されるかもしれないから、持ってこないことになった」と、常連のパレスチナ人が寂しそうに言った。イスラエルの軍法は、さらに「無許可の抗議デモを率いる者は投獄10年」と発表している。軍・警察はパレスチナ人の抗議や暴動を行き過ぎるほど取り締まるが、ユダヤ人には生ぬるく感じられるのだろう。
イスラエル最大のバス会社で働く、100名のアラブ人運転手が一斉に退職した。アラブとユダヤの共存の場が少ないエルサレム市で、運転手の半数(300名)が東エルサレムに住むパレスチナ人だったエゲッド社は、宗教に関係なく高い賃金を払い、社員に平等なことで有名だ。東エルサレムのパレスチナ人にとって数少ない良い会社だが、初夏のイスラエル人3名拉致事件以降、アラブ人に対する憎悪が高まると、急速に運転手が危険にさらされるようになった。
11月16日、東エルサレム在住のパレスチナ人運転手が、バスの運転席で首を吊られて死んでいるのが発見された。翌日、アラブ人運転手たちのほぼ全員が欠勤した。死体発見当初、警察は「自殺」としたが、司法解剖及び現場検証の結果、ユダヤ人の極右団体による殺人事件であることがわかった。そして、東エルサレム在住の運転手の3分の1=100名が一斉に退職した。うち40名は公式に、残り60名は退職手続きをせず、出社しなくなった。そのためエルサレム市内の交通機関が一時麻痺していた。
アラファト・タハンは次のように証言する。
「私は6年勤めた。でもいつ殺されるかわからないような仕事は嫌だ。給料が低くても別の仕事に就く。先週、ギロ(エルサレム南東・元ベツレヘム地区)でユダヤ人に襲われた。スクーターに乗った2人がバスに接近してきて、窓の風除けを壊そうとした。彼らは運転を妨害して強制的にバスを止め、石を投げつけ、風除けをむしり取った。犯人は即座に逮捕されたが、警察は防犯対策をせず、私は毎日恐怖におののきながら運転してきた」。
被害者40名を代表するオサマ・イブラヒム─「情況は酷い。ヘイト・メッサージとかそんな生易しいもんじゃない。4カ月間、運転手が襲われなかった日がないんだ。
タハンの証言─「最終駅で乗客が降りた直後、数人の若者が運転席に詰め寄ってきて、『アラブは娼婦の子! アラブはテロリスト!』と叫んだ。『じゃあ、どうして君たちは僕が運転するバスに乗るのか?』と反論すると、1人が僕の鼻を殴って、残りの4人が襲い掛かってきた。僕はドアを開けたままバスを発車させた。彼等はドアから飛び降りて、散るように逃げていった。僕は警察に電話したが、そのまま意識を失い、気がついたら病院だった」。
12月6日にユダヤ人数名に襲われたアワッド・ガニン─「運転中に胸を殴られ、終着駅で運転席から立とうとすると集団で襲い掛かってきた。 『アラブは死ね!俺たちはお前を殺す!』と叫びながら僕を運転席から引きずりだして蹴り、背中を殴った」。
証言によると、これらの事件の多くが、ラマット・シュロモやラモーットを含む超正統派地域で発生しており、夜、終点で乗客が降りた後が特に危険であるという。これらアラブ人のバス運転手に対する襲撃は、エゲッド社だけでなく、ベツレヘムの入植地・ベイタール・イリットやビリン村から農地を取り上げて建設されたモディイン・イリット入植地を走るカヴィン・バス社でも起こっている。
カヴィン・バス運転手ニダールの証言─「『お前はアラブだから運賃は払わない』という乗客がいて、毎回投石される道がある。東エルサレムでは、これと似たことがユダヤ人運転手にも起こっている。防犯対策として乗客に身分証明書を提示させてから乗せるユダヤ人運転手もいる」。
アリカットの証言─「走行中に投石でバスのガラスが割られ、その度に警察に通報するが、1時間も経ってからしか警察は来ない」。
運転手・アラの証言─「8月4日に暴漢に殴り殺されそうになった後、警察は犯人を捕まえる代わりに僕を留置所に7時間閉じ込めて、『催涙弾を僕が使った』との自白を強要した。留置所から出たとき、警察は僕の証言の記録を拒否し、『帰れ、さもなくば逮捕するぞ』と脅した」。
また別の運転手─「会社は、防犯対策を行っていない。ベツレヘム地域の超正統派ハール・ノーフ入植地の住民に暴行されるので、『ラビに話に行かせてくれ』と、上司に申請したが許可は出ず、超正統派地域の運行を休止したが、それだけでは命の危険は去らない」。
代表者のイブラヒムは、「運転席を乗客から分離することが唯一の問題解決だ」とするが、そのためには、チケット自動購買システムが必要となり、バス会社にとっては多額な出費となる。現時点では車内に警備用カメラを設置することや問題の多い地域に警察官を配置することが考えられている。
反面、イスラエル政府は、来年度の入植地建設用に多額の予算を追加し、軍予算は予想を上回る追加額が発表されている。
イスラエルには、アラビア語とヘブライ語を使って教える学校が計5校、エルサレムには1校ある。この学校が放火された。壁にヘブライ語で「アラブに死を」と書かれていたが、監視カメラで、ユダヤ強硬右派による犯行だとわかった。生徒や教師たちが、民族差別に対する抗議行動を呼びかけ、私も参加した。デモ行進で隣にいた小学生たちにどこから来たのかを聞くと、「ジャバル・ムカッバル」「ベイト・サファーファ」と元気な返事が返ってきた。娘・息子と共に参加していたお母さんやお父さんらは、「この学校の教育方針にとても満足している」と笑顔で答えてくれた。
イスラエル人左派の音楽隊がフェイルーズのメロディを演奏しながら、地域をデモ行進した後、校内へ戻った。小さな教室で、クリスチャンの女性が幼児を連れた父兄と丸く輪になって床に座り、アラビア語の童謡を指導する。図書館では、女性のイスラム宗教指導者とユダヤ宗教指導者が並んで座り「共存のための会話教室」を設け、コーランと旧約聖書の中にある平和についての話をした。参加者たちは静かに聞き入り、終わると大拍手だった。
中庭では、エルサレム音楽学校の先生と生徒がオーケストラ演奏を行い、ジュース、カフェ、平和の味のお菓子コーナー、水の無料支給、紙芝居、ジャズ演奏、「手をつないで一緒に」というメッセージ入りTシャツ手作りコーナーがあり、どこも大賑わいだった。
参加者は、同校の生徒、父兄、地元の平和賛同者、ベエル・シェバのアラブ・ユダヤ共同学校の生徒・父兄、ハイファのアラブ・ユダヤ共同学校の生徒・父兄、計約1500名だった。
校内には、「差別は敵」「手に手をとって共に歩もう」「アラブとユダヤは敵として生きることを拒む」などのスローガンがあちこちに書かれていた。差別撲滅を教育方針とする学校があるイスラエルには、希望があるように思える。燃やされた教室は、現在、修復中である。
義弟の家のテレビで、撃たれたユダ・グリックの回復状況が放送された。「こいつはばちが当たったんだ。『ユダヤ神殿を建てる』と無茶なことを言って、暴動が起こるのがわかっていて、毎日あそこへ行って…」と義弟が非難した。事件後もユダヤ教強硬右派団体や軍、政府関係者は、神殿の丘への侵入を止めていない。義弟の次女がこう言った。「神殿の丘へ行くように、先生たちが奨励しているよ」。それを聞いて義弟は、猛烈に怒った。「ユダヤが正式に取り戻すまで神殿の丘へ入ってはならないとトーラー(旧約聖書の最初にある「モーセ5書」のこと)にも書いてある。絶対に行ってはだめだ!
次に、ユダヤ人右派に殺されて亡くなったエゲッドバスの運転手のニュースになった。メア・シャーリムに住む超正統派の義妹は、「罪のない人を殺すことはいけないこと。悪い行いをするユダヤ人がいるのはとても悲しい」と言った。
最後に、「今日(12月7日)イスラエル空軍がシリアの武器貯蔵庫を空爆した」というニュースには、皆が賛同した。「ネタニヤフは素晴らしい」と、税務省勤務の義妹が言い放った。悲しいかな、政府や軍は正しいと考える人は多い。
来年3月17日に行われる総選挙で、ネタニヤフ政権はしぶとく生き残り、来年も「右派対左派」の闘いが続くのだろう。
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