2014/8/3更新
「東アジア青年交流プロジェクト」(団長・服部良一前衆議院議員)韓国訪問団の一員として、7月10日〜12日の日程で韓国・ソウル市を訪問した。訪問先は、@ソウル市庁舎と朴元淳(パク・ウォンスン)市長表敬訪問、A青年雇用ハブセンター、Bソンミサンマウル(コミュニティー)、C正義党(社民主義を指向する中道左派の国政政党)との討論会(いずれもソウル市内)。
ソウル市では、朴市長が当選して以降、非正規労働者の正規雇用化が進められているそうだ。「労働の常識を回復させます」のスローガンを掲げるソウル市当局の姿は、職員の非正規雇用化や雇い止めを拡大する日本の自治体の姿とは対照的だ。
限られた時間ではあったものの、日本の実態と照らし合わせて、労働・格差問題における行政のスタンスや、住民の自治について多くを学ぶ3日間となった。レポートを3回に分けてお届けする。(編集部一ノ瀬)
7月10日。すっかり夏の日差しとなったソウル市内。目に鮮やかな芝生のソウル市庁舎前の広場には、旅客船セウォル号沈没事故の犠牲者の追悼所が設けられていた。献花台には花が手向けられ、激励・追悼メッセージが書かれたたくさんの黄色いリボン(※注@)が、静かに風に揺れていた。
ソウル市庁舎は、高層ビルやホテルが林立する街の真ん中にある。日本の植民地時代に建てられた旧庁舎(現在は図書館として利用)の後方に建てられた現庁舎は、呉世勲前市長時代に設計・建設された。建物前面が大きくうねり、全面ガラス張りの近代的なデザインだ。
しかし、市庁舎近くにある景福宮(※注A)と比べて不釣り合いだという声も上がっているという。2011年10月の市長補欠選挙で、「市民が市長だ」とのスローガンを掲げて当選した朴元淳市長は、「新庁舎には入らず、賃貸に出す」と表明していたが、市議会の反対で撤回。その交換条件として、庁舎の地下1・2階を市民に開放(ソウル市民庁)することを認めさせた、というエピソードは、朴市長の政治姿勢がうかがえて興味深い。
私たちが市役所を訪問したときも、多くの市民が出入りしており、若い人の姿も目立っていた。
朴市長と大阪市の橋下市長には、@弁護士出身、A既成政党・政治への不信感・無力感を抱く有権者の支持を集めて当選、という共通点がある。しかし、「政治的背景は同じでも、当選後の2人は180度違う方向に舵を切っています」(訪韓団顧問/在日韓国研究所代表・金光男さん)。
朴市長は、市民の市政参加を具体的に進めるために、「参与予算制運営条例」で、市民の予算編成権を確保した。これによって、公募・推薦で選ばれたソウル市民が、議論で一定の予算枠を決定することができるようになった。
では、朴市政の施策の中身を見ていきたい。朴市長が掲げ、取り組んでいる施策は数多い(※注B)。ここでは、訪韓団が担当部局から説明を受けた、@ソウル市非正規雇用改善対策、Aソウル市住民主導村共同体政策、の2点について紹介したい。
《非正規雇用の問題は、単なる「労働の問題」ではありません。韓国社会の葛藤の解消と持続可能な発展のためにも、かならず解決しなければならない課題です》(ソウル市非正規雇用改善対策資料より)。
1997年のアジア通貨暴落をきっかけにした経済危機は、韓国に大きな影響を与えた。韓国はIMFが要求する構造改革路線を推進、労働者の解雇、失業者の増大、非正規化が進んだ。大学を卒業しても仕事がなく、非正規職で平均月収88万ウォン程度(当時のレートで約10万円)で暮らす若者たちを「88万ウォン世代」と名付けた本が2007年にベストセラーになるなど、格差拡大やワーキングプアは、日本に先行して社会問題化した。
韓国統計庁によると、2011年における非正規労働者の割合は、全国で34・2%、ソウル市で33・7%となっている。非正規雇用労働者の57・1%は勤続年数1年未満、非自発的転職率は71・2%。賃金は正規雇用の56・4%、ボーナスや退職金があるのは正規雇用者の半分以下。国民年金、健康保険への加入率や有給休暇取得率も、正規雇用の約半分。それでいて1週あたりの労働時間は、正規雇用者の43時間に対して、間接雇用労働者は47時間と「長時間労働・低賃金」の状態にある。
隠れておにぎりを食べるソウル大学の清掃作業員、「休憩室がないから、トイレでご飯を食べています」「首になるかもしれない不安のため、仕事に集中できない」「待遇改善だって?首にならないだけマシ」と語る労働者…。
こうした現実を打開するため、朴市長はソウル市が直接雇用する非正規雇用労働者を、2012年5月に1133人、翌13年1月に236人を正規雇用へ転換した。
朴元淳市長プロフィール 1956年、大韓民国慶尚南道生まれ。人権弁護士として活躍、1994年に市民運動団体「参与連帯」創立に関わり、事務局長を務めた。他の市民団体とともに2000年の総選挙における落選運動の立役者となった。その後、参与連帯の執行委員会常任執行委員長となったが、2003年6月に辞任し、「美しき財団」理事に専任。同年4月に、ノ・ムヒョン政権下で発足した「税制革新推進委員会」共同委員長に任命された。 2011年10月のソウル市長補欠選挙に野党統一候補として立候補、当選。2012年2月、民主統合党(現「民主党」)に入党。今年6月の選挙で再選を果たす。 邦訳のある著書に『韓国市民運動家のまなざし―日本社会の希望を求めて』(風土社、2003年)がある。 |
その内容は、@2年以上常時継続的に業務に従事する労働者は、正規雇用へ転換(業者との契約満了時に、ソウル市が労働者と優先雇用)、Aその他の非正規雇用者についても、正規職との格差を解消する、B新規採用する労働者も、常時継続的に業務に従事している場合は、正規雇用の原則と慣行を確立する、というものだ。
ソウル市は、その財源についても、利益・一般管理費・付加価値税など、外注によるコスト削減でコストを抑え、短期的には追加予算なしで賃金引き上げ、待遇改善は可能、としている。
また、今後の課題として、中央政府と自治体の財源負担の基準を明確にし、総額人件費の制約の緩和などを進める必要がある、としている。
今後、間接雇用労働者6000人を、ソウル市による直接雇用→正規雇用化という段階を踏んで、2017年にかけて正規雇用化を進める予定だ。(次号に続く)
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