2014/6/17更新
イスラエル在住 ガリコ 美恵子
私の元夫は4年前、《シャブオット》(7週の祭り)というユダヤの祭日に亡くなった。このため、当時親戚や隣人たちは、「彼は聖人だ」などと敬意を述べたてた。数多くあるユダヤのお祭りの中で最も尊い祭りの一つとされるシャブオットは、モーゼがシナイ山でトーラー(旧約聖書の最初の「モーセ5書」)を神から受けたことを記念する祭りで、白い服を着て乳製品を食べ(*注@)、男性はシナゴーグ(ユダヤ教の会堂)で、日暮れから朝まで旧約聖書を読み続ける。
祭りの日に弔い事をしてはならないので、シャブオットの前日に法事があった。親戚一同で墓へ行き、旧約聖書の一節を兄弟たちが読み、水で墓石をきれいにしてロウソクに火をつける。墓場から出る時には、小桶の水を右に少し、左に少しと、3度繰り返して手を洗う。そして10名以上の男性が一斉に声高く祈りを捧げ、最後に墓場の休憩所で食事をするのがしきたりである。
私は非ユダヤ人なので、これまで食事の用意をしたことがなかったのだが、「火を使わず、生野菜を切ったものを準備してくるように」と、初めて役割分担にいれてもらい、嬉しかったが、面倒でもあった。イカ料理に使ったことのある私の包丁は使えないので、娘がコーシェル(*注A)を守っている友人からナイフを借りてこなくてはならなかったのだ。亡夫の弟の一人が、ユダヤの戒律の中でも一番厳しい《グラッド・コーシェル》を守っているためである。
彼はエルサレムの市場の近くで車用器具の小売店を経営し、妻と4人の子どもたちと共に入植地(*注B)に住んでいるが、パレスチナの土地であると認識していないばかりか、「ナイル川からユーフラテス川までの全域がユダヤの土地である」と信じている。
彼の家族は、非ユダヤ人の食器や鍋に触れないし、非ユダヤ人の料理は食べない。安息日には料理しないし、子どもにもそう躾ている。食事の前後や手洗いの時には必ず祈る。ユダヤの安息日と祭日は、働かない・車に乗らない・タバコを吸わない・火を使わない・テレビ、パソコンを使わない・電気のスイッチに触れないし、電話も使わない、妻は毎月ミクベ(*注C)に通うなど、書ききれないほどの戒律を守っている。
4年前に元夫が亡くなった時、私はこの義弟のことをすっかり忘れていた。娘は通夜から7日間、叔父叔母と共に、祖母の家に泊まっていた。
葬式の翌日から仕事に戻った私には、週末=シャバット(安息日。ユダヤ教では金曜日の日没から土曜日の日没まで)しか休みがなかった。急な父親の死に泣き崩れる娘を激励したい一心で、私は亡夫の好物だった寿司をたくさん巻いた。安息日中はバスがないため、タクシーに乗って祖母宅に行った。差し入れの寿司を見た娘は、喜んで食べた。そこへ彼が現れ、娘を大声で叱ったのだ。
曰く、「シャバット中に火を使って、非ユダヤ人が作った料理、しかも車で運ばれてきたものは食べるべきではない!」。娘は「母が作ったものなんだから、駄目なわけがない」と、怒って奥部屋に篭ってしまい、夜まで出てこなかった。一方、義弟は良い教育をしたと言わんばかりの面持ちだった。
彼の長女と私の娘は同世代で仲が良く、家にもよく来る。飲み物はグラスのコップなら使って良いとされているが、食事はその都度、コーシェル飲食店のものを、プラスチックの食器で食べる。時々、私が料理している最中にやってくると、「良いにおいね、でも我慢する」と言う。非ユダヤ料理を食べないことが、重要で尊いらしい。戒律を守ることは、神に選ばれた民族であるユダヤ人としての誇りを維持することであり、天国への道が約束されているという。
義兄も入植地に住み、家具工場を経営している。彼の長女は高校生の時最優秀だったため、入隊前に大学進学が認められた。
ハイファに住んで大学に通っていた彼女に大学生活の様子と聞くと、「町にアラブ人がたくさんいて、じろじろ見られるのが嫌だ。アラブは大嫌い」と答える。彼女は、テフニオンという理系大学を3年で卒業した後に空軍特別部隊に引き抜かれたエリートである。彼女が無口になると、数日後にガザ空爆のニュースが流れたりする。
次女は去年兵役を終え、今はエルサレム市内で夜中まで働いており、バスがなくなると私のところに泊まりにやってくる。彼女は私の料理したものを喜んで食べ、使った食器は自分で洗うし、行儀が良い。
可愛がっていたのだが、愕然とすることがあった。数週間前、「アラブ人がたくさん働いてるから、仕事辞めたよ」と軽く言いのけたのだ。あっさり「アラブ人とは一緒に働きたくない」と言い、悪びれた様子もない。
悲しいことに、彼女のような感覚の人はイスラエルでは少なくない。特にエルサレムや入植地の住民では、普通である。彼女は、両親がモロッコ生まれのアラブ人ユダヤ教徒であると気づかない。
和平交渉期間終了後の今でも、アメリカ政府や世界中が必死になってパレスチナとイスラエルに和平を結ばせようとしている。
しかし、そこに住む人々が、心から和平を望み、自分たちの戒律を尊うのと同じように相手を尊重する姿勢がなければ、真の和平は生まれない。
25年前、亡夫に出会ったばかりの頃、ユダヤ人って何?≠ニ訪ねたら、十戒を教えてくれた。モーゼがエジプト脱出後に神から与えられた十の戒律である。ユダヤにとって一番重要である十戒は、@〜Bまでが一神教への帰依を説き、続いて、Cシャバット=安息日を守ること、D父母への敬愛、E殺してはならない、F姦淫してはならない、G盗んではならない、H偽証してはならない、I他人のものを欲しがってはならない─と戒める。
これらの戒律を厳格に守るユダヤの人たちが、パレスチナ人を殺傷し続け、彼等の土地を奪っているのである。
私から見ると、イスラエルは十戒を侵していることになるが、そうではないらしい。旧約聖書や宗教者による但し書きの中に、「ナイル川からユーフラテス川までの全域を神がユダヤの民に与えた」という一文がある。パレスチナはユダヤの土地であるから、取り戻すだけであり、盗みにならないのだそうだ。
また、生存のためには闘ってもよく、ユダヤの民を受け入れず、反抗する=戦いを挑むとなれば、殺人も「仕方がない」となる。こうしたウソと詭弁が、イスラエルに蔓延している。
戒律を自らのアイデンティティとするユダヤの人たちが、なぜパレスチナ人を例外とするのか?できるのか? いまだに不可解であり、不快でもある。
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【注】
*@乳製品を食べる=「乳は生殖の根本である」とされ、安息日ではチーズやバターなどの乳製品を食べる。
*Aコーシェル=ユダヤ教徒が食べてよい食事。魚介は鱗と背骨があるもののみ、豚はタブー、肉類と乳製品は一緒に食べない。鳥・肉類は絞めてから血抜きし、塩をふって聖職者が祈ることで、コーシェルとなる。
*B入植地=第3次中東戦争(1967年)でイスラエルがパレスチナを占領した後、占領地に建設されたユダヤ人専用地。
*Cミクベ=身を清めるための清水の風呂場。厳格な宗派の女性は、生理が終わった日から7日間ミクベに通い、身を清める。生理期間中、およびミクベに通う7日間は、夫婦の接触は厳禁で、料理した皿を夫に手渡しすることも禁止。夫が期間中に妻に触れた場合は、男性用ミクベに行って身を清める。ユダヤ教への改宗時や、ヨム・キプル(ユダヤ教の祭日)前日などにも用いられる。
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