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2014/5/11更新

兵役終了した息子の旅立ちを見送ったアンマンでの1日

シリア難民をパレスチナ難民の二の舞にするな

 イスラエル在住 ガリコ 美恵子

イスラエルで兵役を終了すると、軍から云十万円の満期除隊金が出る。兵役終了後にバイトをして、軍から受け取った金に加えて、兵役中に見たことや自分のやったことを忘れたい一心で旅に出る若者は、後を絶たない。

兵役を終了しても、半年経つと予備兵に招集されることになっているが(以前は兵役終了後1年間は招集されなかった)、海外にいる場合は「招集免除」となる。イスラエルの多くの若者たちが長期海外旅行をするのには、こういった背景がある。

戦闘部隊や特殊部隊にいた兵士は、一般兵士より多い金額を受け取る。パラシュート部隊に所属していた息子は、兵役終了後、1カ月間喫茶店でバイトをして稼いだ。軍から支給された金と合わせて約100万円となり、それを持って1年の旅に出た。行き先は中国・ネパール・インド。予定では、途中でオーストラリアへ飛んで半年働き、また旅を続ける。

「できるだけ切り詰めよう」と彼が購入した格安チケットは、テル・アビブ発ではなく、アンマン発だった。陸路で国境を越えてヨルダンの空港へ行かなければならない。幼い頃から学校や社会で、「アラブは敵だ」と教え込まれ、兵役中、常にアラブ人に警戒意識を持ってきた彼は、出発が近くなると『格安チケットを買ったのはいいけど、僕はヨルダンで殺されないだろうか』と心配し始めた。そこで私は、アンマン空港まで見送ることにした。

エルサレムから車で30分ほどのキング・フセイン橋(*@)を抜けるには、あらかじめビザを取得しておかなければならないので、ビザがその場で発行されるイスラエル北部の国境を通過することにした。息子は、入国時のビザに7千円支払い、国境を越えるとバスがないので、アンマン空港までタクシーで1万円もかかってしまった。

格安チケットはかえって高くついたが、一つ良いことがあった。息子が入植地のない自然な山々の景色をみて「美しい」と感激し、多少なりともアラブ人を一人の人間として接触し、アラブに対する先入観を改めたのである。

飛行機の時間には早すぎ、私たちが空腹だと聞いて、運転手は手軽な値段のレストランに連れて行ってくれた。「車中で待っている」という運転手を、「食事代はこちらで持つから」と誘い、向かい合って食事をした。すると、息子がこう言った。「ヨルダンの景色は綺麗で、運転手は優しいし、ホモス(ゆでたヒヨコ豆に、オリーブオイルなどを加えてすりつぶしたペースト状の料理)は旨い。僕はヨルダンが好きになりそうだ」。

アル・フセイン難民キャンプへ

空港で息子を見送った翌朝、私はアンマン市内のアル・フセイン難民キャンプを訪問した。1947〜48年にかけてナクバ(*A)から避難してきたパレスチナ人の難民キャンプである。

キャンプ内の商店街を歩いていると、機械修理屋のおじさんが、「どこから来たのか」と話しかけてきた。「日本から来た」と言うと、「君はここがどういうところか分かっているか、まあ俺の話を聞け」と話し出した。

「俺はパレスチナ人だ。ロシアやヨーロッパからたくさんのシオニスト(*B)がやってきて、イスラエルが建国されるまで、ユダヤ人は俺たちアラブ人と仲良く暮らしていた。父が子どもの時にナクバが始まり、故郷のラムラ(ヘブライ語ではラムレ。イスラエル・テルアビブの南部にある町)を去った。俺はこの難民キャンプで生まれ育ち、一度も故郷を訪ねたことはない。父の家はもうないらしい。故郷があると感じられないことが、どんな気持ちかわかるか?パレスチナ人がナクバに遭ったとき、エジプトのナセルは『力で奪われたものは、力で奪い返さなければならない』と言った。俺はこの言葉を支持する。俺たちはいつか故郷に戻りたいと思っている。問題はシオニストたちだ」。

ユダヤ人が問題なのではなく、シオニズムが問題なのである─というのは、どこのパレスチナ人にも共通する意見である。

欧米が資源目当てでシリア戦争を扇動している

「パレスチナは、難民の帰還権(*C)を要求しているけれど、イスラエルはまったく応じない。しかし、ここ数年、別の問題が出てきた。シリア難民だ。国が異なっても、彼等は俺たちの家族みたいなもんだ(*D)。助けてあげたい気持ちはあるけど、彼等が来てから税金、家賃、物価が上がり、今は家族を養っていくのもやっとこさ。しかも失業率が上がった(本年12%、昨年は16%)。ヨルダンの生活は以前よりもっと厳しくなったよ」。

私は、「このキャンプにもシリア難民が住んでいるのか?」と聞いてみた。「ああ、正面に開店準備中の床屋があるだろ、あれはシリア難民の店だ。壁にペンキを塗ってる少年もシリア難民。お金を持って逃げてきたシリア人には、ヨルダン政府が援助して商売するように奨励してるんだ。この坂の下にたくさん住んでるから、行ってみろよ」。

坂を下って右に曲がると、小さな子どもを抱いた男性がいた。「話を聞きたい」と言うと、土間にカーペットが敷かれているだけの、家具のない一間に案内された。集まってきた家族は、固い表情で語り始めた。

*@キング・フセイン橋国境(king Hussein Bridge border)=パレスチナ人専用口、外国人及びイスラエル人専用口、輸出入運搬専用口の3箇所に分かれており、西岸地区に住むパレスチナ人は渡航の際必ず通過しなければならない。イスラエル入国の際の審査が厳重で、両目を機械に当てコンピューター入力される。

*Aナクバ=アラビア語で大災難を意味する。1947〜48年にかけて行われたイギリス軍およびユダヤ・テロ組織による大規模虐殺・追放事件。当時のパレスチナ人の80%が土地や家屋を失い、70万人以上のパレスチナ人が難民となった。

*BシオニストZionist=ユダヤ人の国としてのイスラエルを支持する人。

*Cパレスチナ難民帰還権(Rights of return)=1パレスチナ難民の帰還権は重要な鍵となっているが、イスラエルは応じる姿勢を示していない。

*D「イスラム教徒はみな同胞である」というイスラムの教えから来ている考え。

*Eホムス(Homs)=レバノン国境に近くにある、シリア西部の都市。

この男性は、妻と子ども7人を連れてシリアのホムス(*E)から逃げてきていた。8カ月間、この小さな一間に住んでいる。妹は、夫が空爆で両足を失って動けないのでシリアに残し、子ども3人を抱えて逃げてきた。11カ月前の空爆で、住んでいた地域全体が崩壊し、6人の子どもを連れて逃げてきた従姉妹は、心臓の調子が悪いので医者が必要だ、と訴える。別の従姉妹は父を空爆で亡くし、息子がシリア兵に撃たれて死ぬところを目撃した、という。

悲しい目をした人々が、私の話も聞いてくれ、と次々にやってきた。次に案内された家は、広い土間に幾部屋かの寝室があり、親戚で共同生活をしているようだった。赤ちゃんを抱いた女性が、床に座って幼い子どもたちに食事をさせている。夫は現在もシリアの刑務所だが、子ども6人を連れて逃げて来た、という。18歳になる長男は、避難してきてから家の中か近所をうろうろしているだけ。幼い兄弟や親戚の子どもたちに暴力をふるって、叔父に叱られてばかりいる。

少年に、「学校に行かないのか」と聞くと、「シリアでは行ってたけど、ここでは行ってない」と答えた。暴力を振るってしまう自分を、どうしていいのかわからない、と眼が訴えていた。

礼を言って通りに出ると、目の前に1人の少年が現れて、「僕のおばあさんのところにも来て」と言った。少年に連れられて入った細い路地の中は、すべてシリア難民の住家のようだった。案内された家は、貧しいが掃除が行き届き、清潔感を感じた。部屋の中には、年老いた女性が子どもたちに囲まれて座っていた。

コーヒーを断ると、「なに、私の家ではコーヒーが飲めないのか?」と迫られた。遠慮して断ったのがお見通しだったようだ。奥から顔を出した嫁にコーヒーを入れるよう指示し、一息入れると、こう話した。

「私は71歳。子ども10人の内、6人が家族と共にヨルダンへ避難してきた。息子4人はシリアに残っている。夫は20年前に死亡。この災難は、3年前の反政府デモから始まった。アサドは反政府派を捕まえて首を切り、火で焼いている、と言われている。だけど実際、誰があんな酷いことをしているのか、私たちは何も知らない。『政府軍がやってる』とも言われているけど、本当なのか…。アメリカとヨーロッパが、資源目当てでシリア戦争を扇動してるんじゃないか。大国は私たちの国をぼろぼろにして、誰もいなくなった所に入り込んで、資源をせしめようとしてるのさ」。

現在、アル・フセイン難民キャンプに25世帯=300名のシリア難民が暮らしている。空爆で怪我し、身動きできない者や投獄された者を残して、幼い子ども連れの母親が避難してきたケースを多く見た。中には商売を始めたり、職に就いている者もいる。

国連報告によると、世界各国へ避難したシリア難民は250万人、ヨルダンには60万人とされている。他国へ避難して、そのまま帰郷できなくなったパレスチナ人の二の舞にならないことを願いたい。

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