2013/7/19更新
6月24日「Zスペース」ローラ・カールセン(国際関係研究者)
翻訳・脇浜義明
ブラジルで百万人デモが起きた。誰もが、「なぜバス運賃20セント程度の値上げが社会反乱になったのか?」と理解に苦しんでいる。ジルマ・ルセフ大統領は最初、群集の抗議を《参加型民主主義到来の先触れ》と感じていたが、草の根運動が予期せぬ大きさになるにつれて、どんどん態度を硬化させていった。
6月22日、彼女は「暴力はブラジルの恥だ。国民の権利と自由は、バランス感覚としっかりした冷静さで保証していく」と語った。政府にとって、大きな憂慮は2つ。@予定されているW杯やオリンピックで流入してくる巨額の外貨収入が危うくなること、A多極化世界で国際的リーダー国として台頭するブラジルのイメージが危うくなること、だ。
公共交通機関の無料化を目指す小さな政治団体「無賃運動」が、6月7日、運賃値上げに抗議するデモを呼びかけた。指導者カイオ・マルティンスですら、なぜこんな大きな反応を得たのか、さっぱり分からなかった。彼は、週刊新聞『ブラジル・デ・ファト』のインタビューに、「我々の呼びかけが人々の想像力に何かを訴えたのだろう。運賃値上げについて語ることは都市生活の状況を語ることで、交通は都市生活の重要な要素だ」と語った。
「都市生活の状況」とは何か?ブラジルの公共交通料金は世界一高く、ひどく非効率的である。数年前に民営化されたバス交通網は、いつも渋滞にひっかかり、乗客から法外な時間と料金を取るだけ。
抗議デモは、ブラジルの首都であり金融センターであるサンパウロから始まった。この街の交通手段は、一般民衆とエリートとの間で大きな対照がある。金持ちエリートは、一般大衆の混雑の頭上を自家用ヘリコプターで移動する。渋滞で身動きが取れないフラストレーションと、その頭上を自由に飛ぶ少数の金持ちの対照が、この抗議デモ発生の大きな要因なのだ。
ルーラ大統領の労働党政権は「飢餓ゼロ」計画を掲げ、貧困と飢えをかなり減少させ、現政権もその政策を継承している。しかし、新自由主義的な成長重視のため、少数の富豪が特権を維持し、一部の政治家による汚職スキャンダルも生じている。格差がブラジルの疫病となり、生活費高騰で中産階級も窮している。
大衆を怒らせた2つ目の要因は、少数特権階級に迎合した政府事業だ。2014年ワールドカップや、2016年のオリンピック開催準備は、数十億jもの公金を吸い上げる。新しい巨大スタジアム、立派な空港、豪華ホテルなどは、サッカーを愛する一般民衆が使用できない代物。貧しいブラジル人は利益を得ることはなく、それどころか、スタジアム建設のために周囲の貧しい世帯は立ち退きを強要されたのだ。
大衆は、「サッカーより学校や病院を!」「誰のためのワールドカップだ?」というメッセージを投げつける。
ゼップ・ブラッターFIFA会長は、「W杯開催を望んだのはブラジルだ。我々が押し付けたわけではない。立派なW杯を開催するためには、スタジアムを幾つか建設しなければならない。それぐらいのことは、分かっていたはずだ」と言って、人々の怒りの火に油を注いだ。
さらに抗議デモは、軍警察のデモへの暴力への憤りからも同情を集めた。軍警察は、大衆騒乱の鎮圧や制圧の訓練を受けており、独裁時代から続く存在だ。デモの一部が略奪などをして荒れたことは確かだが、軍警察は催涙弾、ゴム弾、警棒による殴打など、暴力を好き放題に振るい、その光景に一般国民が怒った。
デモの最大の特徴は、若者のエネルギーだ。他のラテンアメリカ諸国では比較的普通のことだが、ようやくブラジルの若者も、未来への不安から反旗を翻し、社会を変えよう、と立ち上がったのだ。
抗議が広がるにつれ、もともと中産階級の抗議デモであったものに、ファヴェーラ(スラム街)からの参加が増大した。その結果、様々な利害や関心が混在した幅広い重層的な社会運動となり、国民の大多数からの支持がある。
各市政府は、運賃値上げを撤回した。しかし、要求は値上げ反対から、民営化された公共交通システムを元の公共部門へ戻すことや、学校や病院に公金投入、FIFAや役人の汚職への抗議へと移り、人々は街頭から去らない。
今や抗議デモは、一種の社会的空間、社会への不満を表現する場となった。
指導部やコーディネーター不在の抗議デモは、「危なっかしい」と見られ、また、「国民が良き社会を求めて行動するよい徴候だ」とも見られている。ブラジリアでデモ隊が政府官庁に迫った時、特定の政党や政治家が名指しで批判されることはなかったが、逆に特定の政治家による目先の解決案も受け付けることもなかったのだ。
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