2013/7/8更新
ガリコ 美恵子(イスラエル在住)
先月、義兄の息子(26歳)の結婚式に参加した。モディイン(エルサレムとテルアビブの間にある)の森の中に建てられたパーティ式場には、300名以上が集まった。会場の庭には、バーベキューや軽食の屋台があり、式の前に軽く食事をする。
『今から式を行います』とのアナウンスがあり、舞台前に皆が集まった。新郎新婦、親兄弟姉妹が舞台に立ち、ラビ(ユダヤ教の坊さん)が祝いの儀式を始めた。ラビは旧約聖書の文句を音痴な拍子で歌った後、こう言った―『私たちが結婚の喜びに浸っている今も、西岸、ガザ、エルサレムの旧市街で、私たちの平和と安全のために戦ってくれている兵士たちに感謝しましょう。そして、戦いで亡くなった兵士たちの冥福を祈り、聖なる旧神殿を奪回することを祈りましょう』―会場の皆は、うんうんと当然のことのように聞いている。
顔をしかめているのは私だけだ。頭を振って溜息をついていると、横にいた娘のボーイフレンドが、私の気持ちを読み取って心配している。ユダヤ教には、「幸福な時も不幸を忘れてはいけない」という教えがあり、結婚式で新郎新婦は、結婚の誓いを口にした後に、ワイングラスを踏んで割る儀式が必ず行われる。これは、エルサレムの旧神殿が他宗教に奪われていることを象徴しているのだそうだ。
新郎は、東エルサレムにある入植地(マアレ・アドミム)で生まれ育ち、現在は近くの新入植地に移り住み、入植地の警備職だ。入植地は、家賃や市民税がかなり安い。でなければ、26歳の若さで堂々たる結婚式の費用(500万円以上)をつくるのは無理だったろう。
帰りの車に同乗した義弟の息子(18歳)は、ピスガット・ゼエブという東エルサレムの巨大入植地に住んでいる。私は車の窓から外を眺めながら、「ピスガット・ゼエブは東エルサレムにあるって知ってる?」と聞いてみた。「何言ってるの。おばさんは洗脳されてるんだよ。ここは西だよ。俺たちの土地なんだから」と返答してきた。私は驚いて「ユダヤ人の住宅地になってるけど、ここは東エルサレムよ、地図を見れば一目瞭然よ」と言うと、
「ここが東だなんて?家に帰ったらネットで調べてみるけど、絶対に僕は間違ってない」との反論が返ってきた。
車を運転していた娘のボーイフレンドは、彼が車を降りるのを待って、私にこう言った。「入植地に住んでいる人たちは、自分たちが他人の土地に住んでいるとは考えない。子どもなら尚更だよ。誰も教えないからね」。
その1週間後は、「ナクバディ」だ。土地や家を追い出されたパレスチナの人々が、歴史を思い起こし、占領により傷つけられ続けていることに抗議のデモをする。彼らの抗議は人間として当然の権利だと思う私は、ナクバディやナクサディ、土地の日デモに出かけていく。今年のナクバディは、ユダヤの祭日と重なった。
朝、ダマスカス門は、道路閉鎖や旧市街の閉鎖はされていなかったが、夕方になると、「ダマスカス門で衝突が起こっている」というニュースが流れた。カランディア・チェックポイントでも、イスラエル軍が催涙弾やゴム弾を発射しているという。私は仕事を早めに切り上げ、旧市街に向かった。
新門の前に来ると、ダマスカス門の方から群がって坂を上がってくるユダヤ教徒の何百人もの集団とすれ違った。珍しいことだ。ユダヤ教徒は、旧市街から西エルサレムに行くのにこのルートは使わない。
ダマスカス門手前の芝生ですれ違った中年のユダヤ宗教者が息子にこう語っているのが聞こえた―『ここはなんて美しいんだ。ここがユダヤ人地区じゃないなんて悔しいじゃないか』。
ダマスカス門の周辺には国境警備軍、陸軍、騎馬隊、軍警察、放水車、すごい数の軍隊だ。やがて救急車が現れ、怪我人が運ばれていった。近くにいた人に聞くと、「今日はユダヤのお祭りだ。それで奴ら、ダマスカス門の芝生で集会して踊り始めた。軍は『安全のため』と言って、ダマスカス門付近の道に急にチェックポイント(フライングチェックポイント)を設けて、僕たちの通行を遮断した。ある若者が怒って軍に文句を言ったら、20人の兵士がその若者を殴り続けた。今ようやく救急車で運ばれたよ」。
目の前で放水車が走り出した。軍の発射する水には化学物質が含まれている。放水車は、せっかく用意してきたんだから使わなくちゃ、とでもいうように、何度もロータリーをぐるぐる回り、化学物質入りの水を周囲の人々に向けて放水していた。これが、ラビの言う『エルサレムで私たちの平和と安全のために闘ってくれている兵士たち』の姿だ。
実はこれとは逆に、『ラビによる人権保護』という団体があり、苦しむパレスチナ人の人権を保護しようと人道的活動をするラビたちもいる。彼らは、一般のイスラエル人から「非国民だ」と非難されている。西岸地区や東エルサレムでパレスチナ人の家屋崩壊を行い、私有地や水源を奪い、国際法違反の入植地をどんどん増設して、和平から遠ざかっていくイスラエル国と、それを良しとせず、パレスチナ人の受けている難儀を少しでも和らげようとする人道的活動を行う少数派のラビたち。彼らのようなイスラエル人が増えれば、和平は夢ではなくなるかもしれない。
イスラエルでは物価が脅威的に上がっており、人々はなんとかやりくりすることに必死になっている。私もそうだ。最近またもや電気代・水道費・タバコの値段が上がった。食費も高い。
娘とエルサレム中心地の小さなアパートに移り住み半年。家賃、光熱費、市民税を払うと、1カ月に15万円かかる。娘共々週6日9時間働いて、半年で7万円の借金を作った。娘を大学に行かせたくても、無理だ。「それでも絶対に入植地には住みに行かないぞ」と、娘と昨日話して決めた。
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