2013/5/20更新
映画監督 足立 正生
エジプト民衆革命から2年半が経った。ムスリム同胞団出身のムルシ氏が大統領に選出され(2012年5月)、「改革」が進められようとしているが、新政権を批判するデモも散発的に起こっており、改革の行方は未だ見えない。
「中東の民衆蜂起のその後とパレスチナ情勢」と題して、足立正生氏が講演した(3月28日、高槻市)。同氏は、エジプト1.25革命にいたる実像として、サッカー応援団である「ウルトラス」の存在を指摘する。それは、@長年の独裁・腐敗・抑圧に加えて、A若者の失業と貧困、B若者文化状況の変化を背景として、警察との攻防に長けた「ウルトラス」がデモを防衛し、タハリール広場をめぐる警察・治安部隊との攻防で「デモ隊に力を与えた」という。
エジプトのウルトラスが勇敢なのは、メンバーの多くが貧しい層の出身だからでもある。彼らは日常的に暴力にあふれる社会の底辺で生き延びるために身を守る術(すべ)を心得ており、「長年、競技場などで警察と衝突してきた彼らの“闘争のノウハウ”が抗議デモに活かされた」とラバーブ・エル・マーディ(アメリカン大学・カイロ)准教授は語る。(文責・編集部)
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ムバラクを退陣に追い込んだ若者運動である「4月6日運動」は、現在、分解していますが、運動土壌は共通しており、協同発展の可能性があります。
分解とは、大きくは、@選挙参加派と、Aボイコット派、に分かれます。@は、若者が街頭に出てムバラクを追放したのだから、政治にも参加して新しい民主的政府を作ろうとするグループ、Aは、制度改革をめざすと結局、軍のクーデターを誘発し、外国勢力の介入を招くことになる、との主張です。さらに、@積極的政治参加グループが、政治路線をめぐっていくつかに分裂する、という構図です。
ただし、デモの中心となった「ウルトラス」や「キファーヤ(もうごめんだ)運動」は、そうした分裂や対立を越える大衆的基盤となっています。
ムルシ政権は、イスラム法の要素を入れ、大統領権限を強大化させた新憲法案を国民投票にかけようとして失敗し、民衆の支持を決定的に失いました。そもそもイスラム同胞団への支持率は30%程度で、政権基盤は弱く、軍のクーデターも含めひっくり返る可能性もあります。
そうした混沌の中にあって、ウルトラスをはじめとする若者運動は今なお健在です。まず、その性格や成長の過程を見てみます。
エジプトの国技は、サッカーです。100年以上の伝統があるチームもあります。これらの熱狂的な応援団は、各チーム名に共通の名「ウルトラス」を名乗り、競技場内では贔屓のチームを応援し、試合後は競技場の外へ出てデモをします。その時のシュプレヒコールには、「警官はみなろくでなしだ」「独裁反対」に加え、「パレスチナ解放」のスローガンも叫ばれます。
警察や治安部隊は、彼らを目の敵にして、棍棒で殴打し、逮捕する弾圧を積み重ねてきました。そうした攻防の中で、ウルトラスの中に警察や治安部隊との攻防を指揮・担当する覆面の専門家集団が形成されてきました。
これら各チームのウルトラスが連携して、民主化デモの防衛隊となり、警察や治安部隊との攻防に重要な役割を果たしたのです。
エジプトは、30才未満が人口の約65%を占める若い社会でありながら、若者の多くは、「あらゆる面で疎外されている」という不満を抱いてきました。失業し、貧困のために教育からも排除されてきた若者が統計数字に表れないほど多数を占め、「キファーヤ(もうごめんだ)運動」を形成する地盤を作ってきたのです。
一方、エジプトにはしっかりした産業別労働組合が存在し、ウルトラスやキファーヤ運動を担う若者の親世代を形成しており、背後で支えてもきたのです。
現在のムルシ政権下でも保安警察の弾圧は続いており、このウルトラスが攻撃対象であることに変わりありません。ところが、このウルトラスたちを防衛支援する新たなグループ「ブラック・ブロック」が出現しています。彼らは、街頭では黒覆面を付けて行動し、スローガンには「イスラムを敵視しない」と「非暴力」の二つを掲げて、再び広がりつつあります。先日もウルトラスへの大規模な弾圧があり、リーダーたちが多数虐殺されました。
表向きは「ウルトラス同士のケンカ」とされていますが、警察と治安部隊による組織的虐殺事件であることを、エジプト国民はみんな知っています。ウルトラスの中から出生したとも言われる「ブラック・ブロック」という新たな若者運動が、「スラムは仲間だ」「ウルトラスを守れ」のスローガンを掲げて、より実践的に治安部隊と対峙し始めたのです。この動きは、今後、全国規模に広がり、国境を越えて、アラブのみならず、世界の若者たちの叛乱の動向と結びついて発展していく可能性を持っています。
その根拠として、東京外大助教・山本薫氏の報告があります。2年前のアラブの民衆蜂起以前から開始されていた、占領や独裁に抗議する若者のヒップホップ文化の潮流を紹介しています。パレスチナから始まってアラブ全域に広がり、やがて、欧米でもブレイクしたものです。
パレスチナの「ドン・ジュアン」、エジプトの「アル・ジェネラル」など、地方在住の若者が覆面で歌い続けて、共感が共通感覚にまで成長してきました。その基盤の上に、ツイッターやフェイスブックでの若者のコミュニケーション力が、民衆蜂起にも発揮された、というものです。実に実態的なアラブ民衆の大衆的な意思の把握として、学ぶことができます。
ムスリム同胞団出身のムルシ政権の政権基盤は弱く、しびれを切らした欧米政権が、「軍を使ってクーデターに打って出るべきだ」と示唆する可能性もあります。一方、エルバラダイ(元国際原子力機関事務局長)をはじめとする「リベラル派」もまた、外国勢力頼みで、当面エジプトの政治は、全く見通しがきかない状態です。
こうした中、若者運動がより政治化するのか?どのように関与するのか?が鍵を握っていると言えます。ただし、あれこれと部分を強調して分析的に見ても、あまり意味はありません。むしろ、予測しないで、ニュースをフォローしながら、アラブの若者たちとどう連帯するのか?を考え続けることが重要です。
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