2013/5/20更新
食料政策研究家 平賀 緑
「ジャンクフードが体に悪いことはわかっているけど、やめられない」、「毎日買い物行って料理する時間なんてないし、有機とかは高いしね」…。よく聞くそんな声に挑んでもらう連載を、平賀緑さんにお願いした。平賀さんは、小さな有機菜園や手づくりバイオ燃料にとりくむNGOの元共同代表。昨年、英国留学して広義の「食料政策」を学び、帰国後も京都大学で研究を継続している。「食べること」をコントロールするアグリフードビジネスの実態に迫る、連載の第1回。(編集部)
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例えば、ぽっこりお腹を抱えてメタボ検診に引っかかると、言われることは容易に想像できる。「食生活を見直して、適度に運動しなさい」と指導されるのがおちだ。
でもちょっと待った。それって「メタボになったのは、あんたの責任」ということ? 例えば、今夜のご飯は何にしようと考えるとき、手間をかけられないようなら、コンビニ弁当か冷食か、懐具合を考えて100均のカレーにするか、それとも広告でおいしそうだった商品を食べてみるか。
いずれにしても、多くの人が自分が何を食べるかは自分で決めていると思っているだろう(他にご飯を作ってくれる人がいる恵まれた場合を除いて)。でもちょっと待った。その「食の選択」は、本当に自分だけで決めた自己責任だろうか?
厚生労働省は、きっぱり「生活習慣病は、一人一人が、バランスの取れた食生活、適度な運動習慣を身に付けることにより予防可能です」と断言している。
しかし、アメリカやイギリスなど、肥満があまりに蔓延してきた国々では、食の選択は個人の責任だけでなく、その背後には「肥満を促す環境」があるのでは、と疑い始めた。つまり、高カロリー食品を必要以上に多く頻繁に食べることを促している環境に取り囲まれているからこそ、流行病と呼ばれるほど肥満がはびこってしまったのでは、とその社会的経済的な要因を調べる研究が始まっている。だって、個人の好みだけで世界の成人の14億人が太りすぎになったり、アメリカの子どもの8割が肥満になるなんて、おかしいだろう。
しかも、「肥満を促す環境」は社会的弱者や貧困地域にピタッと当てはまるように、食の世界にも格差が存在することも明らかになりつつある。
なぜなら、高エネルギーで栄養分や食物繊維が少ない、つまり生活習慣病になりやすい食品の方が値段が安く買いやすい構造ができているからだ。今や、太っちょは富の象徴ではなく、「貧困=肥満」に変わりつつある。アメリカでは子どもの平均余命が大人より短くなり、低〜中所得国でも、特に都市部における子どもの肥満が増えている。
日本では、肥満は目立たないとはいえ、動脈硬化や脳卒中・心疾患などを含む生活習慣病を原因とする死亡は全体の約3分の1にのぼる、と推計されている。2004年には、世界保健機関が「食事、身体活動、健康に関する世界戦略」により、本腰入れて食生活由来の非感染性疾患に取り組み始めた。もちろん現代社会の運動不足やストレス、環境汚染も問題だが、生活習慣病を促す食生活をなんとかしなくては今後の医療保険費がやばいとの切迫感から、その背景の研究が始まっている。
主食や野菜を多めに料理した「バランスの取れた食生活」が望ましいこは誰だって知っている。だけどその一方に、「身体にいいわきゃないよ」と思われる食事を繰り返す毎日もある。「面倒だから、時間がないから」。
だけど、健康の礎である毎日の食事を軽んじるようになったのにも、歴史的な背景がある。「健康的な食事は高いから」─だけど、なぜ調理していない食材より、何段階もの加工や調理や包装を施した食品の方が安いのか?
その背景には、人々の食生活を変えること、「売りたいものを食べさせる」ことに膨大なエネルギーを費やしてきた現代のアグリビジネスがある。農業・食品産業の動きやそれらを率いる政策・グローバリゼーションの歴史や、さまざまな政治経済的な要因が、私たちの食生活と、その結果としての健康状態に大きな影響を与えているのだ。「メタボになったのは、あんたの責任」って?そりゃゼロではないけれど、自己責任100%でもない。
筆者は過去10年ほど、NGO活動として食と農と環境問題に取り組んだ後、イギリスの食料政策センターにて、誰が、何を、いつ、どう食べるかを形づくる全ての要因を研究する「広義の食料政策 (Food Policy)」を学んできた。このセンターはフードマイレージの提唱者と言われるティム・ラング氏が率いる大学院だが、今ではより議論を進め、健康と環境と社会正義までを視野に入れた「持続可能な食生活」などに取り組んでいる。
「そこそこおいしくて腹がふくれたら、少しメタボでもいいじゃん」と思うかもしれない。『家族の勝手でしょ!』と題した本があるくらい、「何を食べようが俺の勝手だろう」と思われるかもしれない。
だけどその結果、医療保険費の負担は今後ますます増えることになる。しかも、私たちが飲み食いに費やすお金の8割は外食や加工品に支払っている今日、企業の口車に乗せられて企業任せの食生活を送ることは、ますますグローバルに巨大化しているアグリフードビジネスを応援することになる。そしてそれは、世界で約10億人が飢餓で苦しみ、約10億人が太りすぎや肥満で苦しむおかしな現状に荷担し、食物の約3分の1(量にして年間13億d)を食べることなくムダに捨て、エネルギーを食いつぶし地球温暖化ガスを排出する、今日のフードシステムを支援することになる。
ましてや、これからTPPなど自由貿易協定がぞくぞくと押し寄せ、アメリカ型の食生活だけでなく、日本やアジアの多国籍企業の活躍により、表向きは和食でも中身はグローバルな商品が私たちの食卓をますます乗っ取る恐れがある。自由貿易で食費が下がり消費者にメリットだと言われても、どんな食品が安くなるのか、が問題だ。もちろん、生活習慣病を促す環境に加えて、過酷な賃金と労働環境が押し寄せれば、いくらわかっていても入手可能なジャンクを食べるしかなくなる。
消費者も生産者も自然も社会も持続可能な食生活を築くには、どうしたら良いのか?そもそも、私たちの食生活は誰がどう牛耳っているのか。これから連載コラムで紹介していきたい、と願っています。
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