2013/4/11更新
政府が想定する導入スケジュールは、2015年秋ころに住民へのマイナンバーの通知を始め、2016年1月から年金に関する相談・照会、税の申告書・法定調書などへの記載、災害時の要援護者リストへの記載から利用を開始する。同時に個人番号カードの交付も始める。
2017年1月には、マイナンバーを基礎とした個人情報を国の機関間で連携させるための「情報提供ネットワークシステム」の運用開始。市町村など住民情報を多く抱える地方自治体が情報提供ネットワークシステムを介した情報連携に加わるのは、2017年7月をめどとしている。
政府は3月1日、マイナンバー法案=「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律案」を閣議決定し、22日、法案審議が衆院で始まった。同法案は、民主党政権下の2012年2月に国会に提出されたが、審議入りできず、昨年末に時間切れで廃案となったもの。民主党も賛成の方向で調整しており、成立の公算が大きく、2016年の利用開始が見込まれている。
マイナンバー制度とは、中長期在留の外国人や法人も含めた全住民・法人に番号を付け、この番号をキーにして、納税額や年金・介護の保険料納付状況などの個人データを統合・照合する仕組みだ。ジョージ・オーウェルの小説『1984年』に登場するビッグ・ブラザーの骨格となるシステムとイメージすればいいだろう。
安倍首相は、導入理由について「@より公平な社会保障制度や税制の基盤整備、A情報化社会のインフラとして国民の利便性の向上や、B行政の効率化に資する」としている。しかし、以下で述べる数々の致命的な問題点があるだけでなく、その目的は決して達成できないカラ手形である。
まず、個人情報流出の危険性だ。情報管理を徹底しているはずのクレジットカード会社、金融機関や保険会社などからも毎週のように個人情報の漏えいが起きている。マイナンバー制度で「名寄せ」された情報が漏えいすると、一挙に大量の個人情報が漏れるので、深刻なプライバシー侵害が発生する。
いわゆる「なりすまし」によって、個人に回復不能の損害を生じさせる危険性もある。日本でも、行政情報がずさんな管理や職員の漏えいによって流出する事例は、後を絶たない。情報を売るために故意に情報を漏えいすることも、日常茶飯事になっているのだ。
早くからソーシャルセキュリティーナンバー(社会保障番号)制度を導入している「マイナンバー先進国」のアメリカでは、職を得るために他人の番号を盗用したり、死んだ家族に成りすましてナンバーを使い続け、年金を受け取るなど、「なりすまし犯罪・ID詐欺天国」となっている。全米で年間1000万人が被害に遭い、過去5年間、全米で最も多い犯罪はID詐欺となっている。サイバー犯罪などが絶えないネット時代には、個人情報の集約と集積は、かえってプライバシー保護の点から危険なのである。
「なりすまし」防止のためにアメリカ国防総省では、職員・家族に社会保障番号とは別の番号を採用して、リスクを分散している。ドイツでは、番号利用を税分野に限定することで、なりすまし犯罪に利用されることを防いでいる。このように世界の潮流は、個人情報秘匿の方向であり、日本は逆コースに行こうとしている。
税務署の所得の捕捉率が、給与所得者9割、自営業者6割、農林水産業者4割と「不公平になっており、その改善が必要」とされている。安倍首相が言う「より公平な社会保障制度や税制」問題だ。このいわゆる「クロヨン問題」自体先入観でしかないのだが、事業者の所得を完全に把握するには、全ての商取引に納税者番号を交換する必要が生じる。しかし、この手間が膨大で、処理するコストも膨大。実施は困難である。
税の不公平の解消をいうのなら、金融所得の分離課税を解消し、総合課税制度にするのが先決だ。金融所得という不労所得者・金持ちの課税を厳格化する方向には決していこうとしないのが、安倍政権だ。
むしろ、中小零細の商店や飲食店、いくつもの仕事を掛け持つフリーターや学生が餌食になる可能性がある。低賃金にあえぐ給与所得者がアルバイトをやっていたり、ダブルワーク・トリプルワークで子育てしているシングルマザーが、しっかり課税されることになりかねない。
政府は、マイナンバー制の導入で、「社会保障面では、介護や保育などにかかる費用を世帯ごとに把握でき、その負担に上限を設ける新制度が構築できる」と説明している。しかし、これを可能とするには、同一の世帯かどうかの判断が必要で、個人に番号を振ってもこの問題はなくならない。「世帯ごとに把握できる」というのは嘘である。
また税務面では、扶養控除の申告などで不適切な案件があぶり出せる、としている。しかし、マイナンバー制は、個人や法人のお金の出入りを照合するシステムではないので、大幅な税収増にはつながらない。そもそも、「マイナンバー」で「正確な所得の捕捉」が非現実的であることは、2011年6月30日に発表された「社会保障・税番号大綱」で政府自らが認めているのだ。
安倍首相は、マイナンバーを低所得者に還付金を出す給付付き税額控除にも使える、と説明した。が、マイナンバーは住民基本台帳の住民票を基に個人情報を管理するので、闇金融に追われている多重債務者や、DV夫から逃れている妻子など、さまざまな理由で住民票のない人や、別の住所に住んでいる人々が、公的サービスから締め出されることになる。
見てきたように、マイナンバーの効果は、実はたいしたことがない反面、そのシステム構築には、莫大な費用がかかる。政府は初期費用を2000億円程度に圧縮できると見込んでいるが、サイバー攻撃などから完全に防御できるシステムを構築すると、数兆円という巨額になると予想されている。ランニングコストも毎年100億円単位であることは、政府も認めている。費用対効果を考えれば、マイナンバー制度導入は全く根拠がない。
そもそも、ITの世界に「絶対安全」はない。IT技術者は、システム設計を「性善説ではなく性悪説で利用者を定義して設計するのは当然」と述べている。システム管理側である国家が、決して国民の人権を侵害しないことや、公務員は決して間違えないという無謬性を信じるユートピア的発想は、非現実的だ。政府・行政側にも性悪説を適用して設計しなければ、安全は確保できない。
日本でもコンピューターシステムへの不正アクセスが深刻化しており、防御との「いたちごっこ」が繰り返されているのが実情である。国の枢要機関のホームページなどが他国からのサイバー攻撃で乗っ取られるなどという事件が、しょっちゅう起こっている。ハッカーやクラッカーによる不正アクセスやサイバー犯罪を防ぐのは、不可能なのだ。このようなサイバー犯罪などが絶えないネット時代には、個人情報の集約と集積は、かえってプライバシー保護の点から危険なのだ。
マイナンバーと一緒に検討が進められてきた「国民ID」の方は、民間利用までも想定している。ヤフーは、マイナンバー制の後に控える国民ID制度のシステム設計、さらにネット上の個人認証基盤を狙っている、といわれている。国民ID制のシステム構築は、かなり大規模な公共事業になるからだ。
官公庁のIT関連システムの受注といえば、旧電電ファミリーやITゼネコンといわれるNTTグループやNEC、富士通などが多かった。しかし、旧来型の企業と官僚組織との癒着は、新型公共事業としてさまざまな弊害を生んでいる。
住基ネットは導入して10年も経つが、利用者がほとんど広がらない。国税局の「e−taxシステム」や、日本年金機構が運営する「ねんきんねっと」なども同様で、ITゼネコンが構築したインターネット系行政サービスは、総じて「使いづらい」のである。「ITゼネコンが作るシステムは、正直ダサい。だから、ネットに詳しい企業に、使いやすいシステムを作らせたいんです。中でもヤフーなら、技術もブランドも十分でしょう」―政府関係者のコメントだ。
一方、ヤフーは、四大マスコミからネットへの広告シフトでまだ当面の成長は見込めそうだが、広告費自体の伸びは頭打ち傾向。そのため、「新たな事業機会として、公共分野への進出を狙っている」といわれる。国民IDとヤフーIDとの連携が取り沙汰されている。いきなり国民IDを使えといわれても、多くのユーザーは怖がって使わない。代わりにヤフーIDを使えるようにすればいい、というアイデアもある。
ヤフーID、国民ID、Tポイントの3つが一体化するということは、個人のネットでの行動とリアル店舗での購買履歴が、住民票に関連付けて統合されることを意味する。ヤフーIDによる管理社会は、すぐ目の前まで来ているのかもしれない。
民間利用は、財界にとってビジネスチャンスを広げる機会となるだろう。政府にとっては、個人情報を一元管理でき、好都合に違いない。しかし、我々貧乏人にとっては、百害あって一利なしだ。目先のちょっとした便利さに飛びつくと、我々は丸裸にされる。その危険性は、ジョージ・オーウェルが描いた小説『1984年』が教えてくれている。(編集部)
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