2013/4/6更新
NPO法人AMネット代表理事 松平 尚也
安倍首相によるTPP参加表明(3月15日)と前後して、マスメディアでも賛否の議論が活発化している。ただし、TPP交渉は、@その秘密主義のために、中身自体の全貌が明らかになっていないことをまず問題としなければならない。米国・貿易に関する上院金融小委員会委員長であり、TPPを管轄する連邦議会委員であるワイデン上院議員は、交渉で提出されたTPP条文案の閲覧を拒否されたため、昨年6月、議員が条文を閲覧できるよう求める法案を提出している。交渉をリードする米国でもこの有様なので、安倍政権や日本のメディアが全貌を知ったうえで議論しているとは考えない方がいいだろう。
一方、新自由主義に反対する国際ネットワークである「パブリックシチズン」は、TPPの中の「投資の章」を入手し、信憑性を確認したうえで原文をウェブサイトで公表した。驚くべき内容で、A単なる貿易ルールにとどまらない広範な規制緩和を求めていることがわかる。それは、Bグローバル企業による世界統治のためのルール作りをめざす動きだと言って過言ではない。連載の1回目は、松平尚也さんに、TPPの概略と批判すべき点を提示してもらった。(編集部)
TPP(環太平洋経済連携協定)交渉に、日本政府がついに参加表明を行った。同交渉は、その対象分野が21分野と広いのが特徴だ。農産物や工業製品の関税撤廃だけでなく、医療、金融や知的財産、さらには投資、公共事業に至るまで様々な分野の貿易障壁の撤廃を目的とする。
交渉参加国では市民生活に大きな影響を与えることが予想されるため、懸念の声が広がっている。TPPは、シンガポール、NZ、チリ、ブルネイの4カ国が2006年に発足させた貿易協定だ。輸出依存度が高く、一次産品輸出の多い4カ国が貿易を拡大するため、他の自由貿易交渉では許される段階的関税撤廃・例外措置を認めない「例外なき関税撤廃」を目指して立ち上げられた。
その特徴を利用したのが米国だ。米国は、包括的で自由化度の高いTPPに着眼し、09年に突然交渉参加を表明した。以後、小国の貿易交渉であったTPPは、米国主導の交渉に豹変していく。TPPの本質とは、米国等の多国籍企業が、利潤を最大化するために各国の制度や規制を緩和・改変する手段であることだ。具体的な事例を通して見てみよう。
豪州には、薬価の患者負担を低く抑えるため、医薬品取引を規制する医薬品給付制度(PBS)がある。同制度は、1980年代まで数十年かけて整備され、今では先進国中最も安く薬を配給する制度と定評をもつようになった。しかし、米国の製薬業界が新薬の知的財産権を使って利潤を上げる妨げになると敵視し、同制度の廃止を交渉下で要望している。
TPPのモデルとも言われる韓米FTAでは、韓国の薬価に米国が介入することが可能になってしまった。TPPは、医療などの基本的な権利も脅かす貿易交渉ともいえる。
TPPは、日本の市民生活や社会の枠組みにも大きな影響を与えるだろう。項目毎に具体的に概括してみる。
最も心配されるのは、農業や農村そして食べ物への影響だ。農産物の輸出大国である米国や豪州・NZから関税なしで農産物が輸入されると、日本の稲作や畜産農家が大打撃を受ける。実際、米国のコメや豪州・NZの食肉や乳製品の値段は、日本の半分以下とされる。消費者は、コメや乳製品が安くなると歓迎するかもしれない。
しかしポイントは、未来永劫輸入を続けられる訳ではないことだ。特に米国や豪州の稲作の現場では、水不足や旱魃が日常化している。収穫が少ないと、輸出などしない。コメは自給的色彩が強く、輸出される割合が少ない。一方、水田は放置すると復旧に時間がかかるし、水源を維持・保全してきた農山村が荒廃すると、下流域への影響も出てくる。TPP参加によって、食糧確保が不安定化するだけでなく、近い将来食料不安が起こる可能性があるのだ。
TPPは、食べ物の安全性にも影響する。米国は、自国の遺伝子組み換え食品を売り込みたいために、各国の食品表示をなくせ、と要求している。さらに心配されるのは、医療や健康保健への影響だ。米国側からは、これまで一部しか認められなかった混合診療の全面解禁や外国の民間病院の参入、保健分野の開放を求めてくる。混合診療が全面解禁されると、保険外診療(医療側が勝手に値段をつけられる)が拡大し、公的な保険診療が縮小される上、患者の医療費負担が増大する。医薬品や医療機器利用の値段も上がり、患者の経済力によって医療格差も生まれ、国民皆保険制度への影響は必至だ。
TPPには、政府調達や公共事業の分野も含まれていることにも、注意が必要だ。公共事業を外資に開放すると、地方の建設業界や公共サービスに影響してくる。外国の巨大資本は利潤を追求する。結果、設備への再投資が減少し公共サービスの質が低下する一方で、公共料金の値上げが起こる事例が海外で実際に起こってきた。もちろん、地方の小さな建設会社の破綻も増加する。
さらにTPPが恐ろしいのは、ISDと呼ばれる紛争解決条項が盛り込まれる可能性が高いからだ。外国資本が相手国制度を貿易障壁とみなした場合、政府を提訴して莫大な賠償金請求が可能となっている点だ。日本の法律や規制など制度の変更・撤廃も要求され、国家主権や市民への公共サービス維持も危うくなってしまう(2面に詳細)。
TPPを考える上で先行的な悪例として参考にすべきは、NAAFTAや韓米FTA下で実際に起こったことだ。訴訟の対象には、医療サービスを含む公衆衛生分野や農業・食料、そして政府調達と呼ばれる公共サービスの分野にも及んでおり、TPPにおいても同様のことが起こる可能性がある。
TPPを入口に考えなければいけないのは、これまでは空気のように当たり前にあった市民生活を支える食料や医療、そして公共サービスなどを、国家がもはや守らなくなっている現実だ。1990年代以降の新自由主義的グローバリゼーションの加速化の流れにあるものに他ならない。その影響を先行して生きてきた南米では、左派政権が相次いで生まれ、別の道を歩み始めている。
今こそ日本の市民は、自分たちの暮らしを守るために立ち上がる必要がある。
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