2013/2/20更新
ヒューマン・ライツ・ウォッチ(2013年1月より抜粋)
翻訳/山田達也
アーカンソー州では毎年、数百人の借主が期日通りに賃料を支払わず、その後速やかに家を立ち退かなかったために、刑事訴追されている。アーカンソー州に、そのような訴追を可能にする「立ち退き不履行法」があるからだ。 法律に違反していなかった借主も、家主の主張を鵜呑みにする検察官によって起訴されている。
アーカンソー州の立ち退き不履行法のもとでは、借主が賃料を全額期日までに支払わない場合、家主は借主に貸付資産から10日以内に退去することを要求でき、退去しない借主は、軽犯罪容疑で有罪となる。刑事犯罪で有罪判決を受ける危険を冒さない限り、借主に法廷で自らの主張を述べる手段はない。
なぜその者が賃料を全額あるいは期日までに払わなかったのか、もしくは10日間の期限切れまでに退去できなかったのかに関係なく借主を有罪と定めている。 立ち退き不履行法は、2012年だけで1200人以上を訴追するのに適用された。さらに、同法は被告借主に無罪主張をしないよう誘導する。無罪の主張をした者は、有罪になった場合には没収される、請求された未払い賃料の総額を裁判所に供託しなければならない。未払い賃料を供託できずに無罪を主張する借主は、さらに相当高額の罰金とともに90日以内の懲役を命じられる。有罪を認める借主には、それらの罰則はない。
一方、貸主の真実性についての評価はほとんど行われないので、立ち退き不履行に刑事罰を適用するプロセスは、たちの悪い貸主による乱用を広く招いている。多くの検察官は、貸主の主張に忠実に借主を起訴する。 その法律の廃止に向けた初期段階の取り組みはある。州議会によって設立された委員会が、「刑事罰を適用する条項を撤廃し、民事で扱う手続きに代えるよう」州政府に求めた。
スティーブと妻のアンジェラ(要請により匿名)は、教会活動に意欲的に取り組んでおり、12年8月以前までは、法律上のトラブルとは無縁だった。ある夜、夫婦が聖書勉強会の準備をしていた際、ドアをノックする音が聞こえた。警察官2人が外に立っていた。夫婦はその月の部屋代585米ドルを支払えなかったのだ。 数日後、リトルロック地方裁判所の外で、ヒューマン・ライツ・ウォッチが夫婦に聞き取り調査を行った時、アンジェラは薬で一杯の大きなビニール袋を握りしめていた。彼女は、心臓移植手術を受け、心臓に拒絶反応が出ていた。
スティーブはそのアパートに8年半住んでいて、アンジェラは10年に結婚した際に移り住んできた。スティーブは、「あそこで何の問題も起こしてなかったし、1カ月以上は絶対に遅れていなかった。でも「10日以内に出て行くように」って、通知がドアに貼られていたんです」と言う。 支払期限の2週間後に、スティーブは女性貸主と交渉を始めた。「部屋代の半額は払えますって、彼女に話した。でも、彼女はそれを受け取りませんでした。『もし私が貴方にそれをしてあげたら、皆にしなくちゃならなくなるでしょう』って彼女は言ってました。ボクは『ここに8年半もいるじゃないですか』って話したんですけどね」と、彼は説明していた。
スティーブとアンジェラの裁判の開廷が宣言された時、裁判所書記官がアンジェラに、顔写真を撮れるよう自分の方に顔を向けるよう言った。彼女は涙を溢れさせ、夫の腕を掴んで叫んだ。「スティーブ、あたし達刑務所に行くの? 刑務所になんて行きたくない!」。法廷は静まり返り、裁判官は彼女を落ち着かせようとして、夫婦に1週間以内に退去したら起訴を取り下げる旨伝えた。 その後、裁判所の前に立つスティーブとアンジェラは、見た目にも震えていた。
「犯罪者になったような気がしたわ」とアンジェラは話した。この次どうするのかと問われて、スティーブは頭を振った。「分かりません。祈るだけですよ。それだけです」。
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