2012/10/23更新
10月10日のAP通信は、「トヨタの中国での9月の販売車数は前年9月の49%減で、10月から12月は70%減となる見通しだ。車の部品、電気製品の対中輸出も40%減に落ち込み、中国人の日本への観光客70%減などで、昨年の大震災から立ち直りかけていた日本経済は再び後退するだろう」と報じた。
香港の活動家が8月15日、尖閣諸島(中国では釣魚島)に上陸、27日には丹羽宇一郎駐中国大使が乗った公用車の「日の丸」が持ち去られた。
野田佳彦政権が9月11日、中国の胡錦濤主席との会談から2日後に尖閣の国有化を発表したため、日中国交回復40周年の記念行事(9月27日、人民大会堂)が突然中止という、最悪の事態に至った。
テレビは、中国各地で起きたデモと日本企業関係の「襲撃」映像を、リアルタイムで報じた。NHKは、ニュースで必ず「日本の固有の領土である沖縄県の尖閣諸島」と表現した。「我が国固有の領土」という言い方が、常になされる。新聞、放送、雑誌と接する市民の中に日本国籍を持たない人たちも少なくないことを、忘却している。「日本政府」とか「日本国」がそう主張している、と報道すべきだ。日本に住む市民は必ずしも日本人とは限らないというのが、近代市民社会の常識だ。また、報道機関は、国境を超えた価値基準でニュースを伝えなければならない。
週刊誌は「中国をやっつけろ!」(「週刊文春」10月4日号)、「日本人よ、戦いますか 中国が攻めてくる」(「週刊現代」同27日号)などと書いている。小学館の「SAPIO」など極右雑誌には、露骨に戦争を煽る記事が満載だ。
中国の日本批判デモは「柳条湖事件81周年」の9月18日にピークに達し、日本の報道も過熱した。東京の各紙は18、19日に社説で、「中国の姿勢話しあえる環境を作れ」(朝日新聞)、「反日デモ続く対中感情の悪化を招くだけだ」(読売新聞)などと論評した。「尖閣は日本の固有の領土」という大前提は同じだ。
日本のテレビと新聞が柳条湖事件の起きた1931年9月18日のことをどう報道するかを見たが、「満州事変の発端になった事件」と伝えるだけで、どんな事件だったかを伝えなかった。
「9・18」は日本軍(関東軍)が満州鉄道を爆破し、事件を中国の「匪賊」(ゲリラ)がやったと見せかけた謀略事件だった。事件は15年にわたる日中戦争、つまり中国人民の抗日闘争の始まりの日である。日帝は東南アジアに侵攻し米英との戦争を始めたが、日帝が崩壊したのは、日中戦争に敗北したためである。
詳しくは拙著『天皇の記者たち大新聞のアジア侵略』(スリーエーネットワーク)のエピローグを読んでほしいが、当時の大新聞と通信社は、現場での取材をもとに、日本軍が事件を捏造したことを知り、東京に記事を送ったのに、本社がボツにして、事件の責任が「支那にあることは疑う余地がない」(1931年9月19日付東京朝日新聞)と断定し、「悪鬼の如き支那暴兵!我軍出動遂に掃討」(10月15日付東京日日新聞)などと扇動した。その後、新聞各紙は軍の謀略の広報機関に成り下がり、軍国主義を鼓舞した。
故西山武典・元共同通信編集主幹は、「柳条湖事件の真実を伝えていれば、その後の歴史は変わっていた」と私に話した。
日本の記者クラブメディアは、81年前の教訓から学ぼうともせず、いつか来た道を、今度は米国と共謀して歩んでいるのではないか。
野田首相は8月24日、「領土問題」で記者会見を開き、「(尖閣・竹島などの問題は)歴史認識の分脈で論じるべき問題ではない」と断言した。しかし、領土と歴史は不可分だ。
日中関係の悪化は、石原慎太郎・前原誠司・野田佳彦各氏による人災である。日中間で棚上げされていた「釣魚島・尖閣諸島」を巡る「領土問題」が突発したのは、石原慎太郎東京都知事が4月16日に米ワシントン市内での講演で、「日本人が日本の国土を守るため、東京都が尖閣諸島を購入することにした」とぶち上げてからだ。日本の特派員たちは、この政治パフォーマンスに乗ってしまった。
霍見芳浩ニューヨーク市立大学教授は7月初旬、「石原氏の尖閣購入発言は、米国の主要メディアでは全く報道されなかった。日本からのメディアの電話取材で知ったが、米国の支配層から、石原氏は全く相手にされていない」と語った。日本のテレビや新聞を見ていると、米国でも反響があったように思ってしまうが、米国では国際社会で認められた歴史認識を否定する極右靖国反動派の石原氏を相手にする政治家・メディアはない。
霍見氏は「米国のエリートは、石原氏らのアジア太平洋戦争についての誤った歴史認識を苦々しく思っている。日本軍慰安婦問題で米下院本会議は07年、『日本政府による軍事的強制売春システムは、その残酷さと規模の大きさで前例のないもの』と規定し、日本政府の正式な謝罪と歴史的な責任を求める内容の決議案を採択したのも、その表れだ」と語った。
『尖閣列島・釣魚島問題をどう見るか』の著書などで日本政府の見解に疑問を投げかけてきた村田忠禧・横浜国大名誉教授によると、尖閣列島は「日本の固有の領土」どころか、明治政府が日清戦争のどさくさにまぎれて「日本が最初に占有した」と「領土編入」を閣議決定したものだ。これは、帝国主義の侵略正当化の論理だ。
今回の日中の緊張の背景には、10年9月の「海上保安庁巡視船・中国漁船衝突事件」があることも、忘れてはならない。菅直人内閣は、「領土問題は存在しない」と初閣議で決定し、従来の「棚上げ路線」を捨て、「尖閣・釣魚」問題に火をつけた。それを先導したのが、米CIAみたいな前原誠司国交大臣(当時)である。
その前原氏は、9月12日のBS朝日の番組収録で、尖閣諸島の購入問題をめぐって、東京都の石原慎太郎知事が8月19日の野田佳彦首相との会談で「(中国と)『戦争も辞さず』みたいな話をして、総理はあきれた」と発言したことを明かした。前原氏は、「総理はあきれて、国として所有しないと、東京都に渡したら大変なことになると(判断した)」と述べた。屁理屈もいいところだ。戦争を煽り、自衛隊の南西諸島への配備、憲法改悪を煽るのが、松下政経塾内閣だ。
中国の作家・崔衛平氏は、「中日関係に理性を取り戻そう」という声明を起草し、「暴力行為に賛成しないが、暴力行為をしない人の中にも(戦争を原因とした)恨みを抱いている人がいる。日本人にはそこを理解して欲しい」と強調している。日本の政治と報道に欠けているのは、世界に通用する歴史認識である。