2012/8/30更新
「こどもの里」(大阪市西成区)館長 荘保共子さん
釜ヶ崎銀座通りをちょっと入った、西成警察署の南側に「こどもの里」はある。3階建ての建物には、広いホール、食堂、図書室などがあり、子どもたちに開かれた場所だ。保育所に通う子どもから高校生まで、特別支援学校に通う障がい児など、約80人が訪れる。
1977年に《無料で利用できる釜ヶ崎の子どもたちの遊び場》としてスタートした「こどもの里」は、不安定雇用や貧困など様々な社会矛盾の影響を受けながら、子どもたちの「(暴力などからの)避難場所」「問題を受け入れる場」「共に助け合って生きていける場」としての役割も果たしてきた。
「こどもの里」は、96年に大阪市の「子どもの家事業」として認可を受け、7人のスタッフのうち2人分の人件費を補助金で賄ってきた。
とろが橋下市長は5月、「市政改革プラン」の素案を発表。事業の見直し・廃止で、3年間で488億円をカットする。同改革プランでは、「子どもの家事業」「学童保育」を廃止し、「児童いきいき放課後事業」(愛称「いきいき」)への一本化の方針が示された(その後、学童保育は存続の方向へ)。「いきいき事業」の予算は33億円であるのに対し、「子どもの家事業」予算は3億円(「学童保育」も同程度)だ。大阪市は、5000万円の予算が「節約」できるとしている。
大阪市議会は、7月27日に同改革案を可決した。市内28カ所ある「子どもの家事業」廃止で、どんな影響が出るのか? 橋下市長が言ってきた「子どもが笑う大阪」は実現するのか? 「こどもの里」館長・荘保共子さんにお話をうかがった。(編集部・一ノ瀬)
──まず、「こどもの里」では、どんなことをやっているのか教えてください。
荘保…基本は、《子どもたちの遊び場》です。小学生だけではなく、中高生の学校帰りの子どもたち、保育所に通う子どもたち、障がいがあって特別支援学校に通っている子どもたちが通っています。15〜18歳の働いている子どもも来ています。
火曜日の休館日以外は、夏休みも毎日、開けています。「居場所」「遊び場」「休息の場」「学習の場」として、誰にでも、無料で開放されています。いろんな子どもたちが寄り合う、大切な場所です。
でも「こどもの里」は、そうした遊び場にはとどまりません。「(親の暴力などからの)逃げ場」「相談の場」「生活の場(里親・大阪市家庭養護寮)」「共に助け合い生きていける場」「地域ネットを作り出す場」としても活動しています。
「こどもの里」は、77年にフランシスコ会(カトリックの修道会)『ふるさとの家』の2階の一室で、学童保育所「子どもの広場」としてスタートしました。その後、子どものニーズに合わせて、少しずつ運営の形を変えてきたわけです。
「こどもの里」が始まった当初は、釜ヶ崎の人口も今よりずっと多く、近所の小学校の児童数も1000人を超えていました。ここに遊びに来る子どもたちもあふれ返っていました。
ところが、子どもたちの表情や様子を見ているうちに、様々な問題があることに気づいたのです。基本的な生活習慣が身に付いていなかったり、子ども同士のケンカ・暴言などに表れていました。背景には、家庭の問題─生活の不安定さや、父親の依存症の問題や、母親が抱える問題などがあります。最初から『悪い子』なんていないわけです。子どもたちが抱える「しんどさ」は、親の問題が背景にあって、子どもはそれを背負いながら生きている、とわかってきたのです。
子どもたちや親たちが抱えた問題を、本人の力を信じながらサポートしていくのが、私たちの役割です。《子どもが安心して遊べる場の提供と生活相談を中心に、常に子どもの立場に立ち、子どもの権利を守り、子どものニーズに応じる》というのがモットーです。
現在では、利用していた子どもが大人になって、その子どもがまたここを利用して、いま3世代目、というケースもあります。
──大阪市・橋下市長は、「児童いきいき放課後事業」(通称は「大阪市子どもの家事業」。以下、「子どもの家事業」と略)を廃止して、「留守家庭児童対策事業」(学童保育)と「児童いきいき放課後事業」(通称「いきいき」)に移行させる案を発表しました。「こどもの里」は、この「子どもの家事業」の認可を受けているのですね。
荘保…「こどもの里」が認可を受けたのは1996年です。その頃は、小学校1〜3年生のみを対象にした、有償の「学童保育」への補助しかありませんでしたので、私たちは、大阪市に「無料の児童対象の遊び場」を保障するようを申し入れました。
「学童保育」は、厚生労働省管轄の「留守家庭児童の健全育成」を目的とする事業です。一方、大阪市の「子どもの家事業」は、「全児童に遊び場を提供し、健やかな発達を促すとともに異年齢児のふれあいを深め、日常生活および地域行事等を通じ社会性を高めることを目的としています。これは、「こどもの里」が取り組んできた内容と、重なるものでした。学童保育との違いとして、@利用料が無料であること、A指導員は2名以上で、事業主体が確保すること、B補助金は学童保育の倍額、があげられます。大阪市から「子どもの家事業」への移行を要請されたこともあり、「子どもの家事業」の認可を受けることにしたのです。
──「子どもの家事業」が廃止されると、どういう影響が出るのでしょうか?
荘保…大阪市は、「子どもの家事業」を「いきいき」事業と「学童保育」事業に移行させる、と言っています。しかし、「こどもの里」がそれに移行するとなると、困ったことが出てきます。
まず「いきいき」に移行した場合の問題点をあげてみます。@「いきいき」では対象とされない、義務教育期以外の年齢の子や、他校区から通う障がいを持つ子たちが来れなくなる、A土・日や夏休みなどの長期休みの時の昼食が作れるのか、分からない(注・「いきいき」
の実施場所は小学校と定められている)、B夜間になる中高生のプログラムや学習会が学校で実施できるのか不明、C遠足、文化鑑賞、キャンプ、季節ごとの特別プログラムができなくなる可能性がある、D子育てへの相談や、気軽におしゃべりに行ったり、SOSを発信できる場所になり得るのか疑問。
次に、「こどもの里」が「学童保育」に移行した場合の問題点として、@貧困を抱える家庭が多い中で、利用料(月平均20000円)の負担ができるのか? A補助金が半減すると、スタッフ1人分の人件費が払えなくなる。
──今回の大阪市の「子どもの家事業」廃止案について、どう思われますか?
荘保…日本は、子どもに対する人権感覚が低すぎると思います。「次世代」という認識に欠けています。
子どもは、いろんな「居場所」を必要としているのです。いろんな子どもたち・保護者が安心して利用できる場所であれば、「子どもの家事業」でなくても構わないのですが、子どもたちの居場所・行き場所をなくさないで欲しい、と強く願っています。子どもたちを取り巻く状況は、ますます厳しいものになってきています。
今年5月末に、国連児童基金(ユニセフ)が「子どもの貧困率の国際比較」についてのレポートを発表しました。それによると、日本の子どもの貧困率は14・9%(2009年のデータ)で、OECD35カ国中、9番目に高い数字です。子ども10人中1・5人が貧困状態にあり、しかもその割合は年ごとに増えています。また、自殺する青少年(30歳未満)の数は、毎年3000人を超えました。
運営委員会では、建物改修のための資金と「こどもの里」の毎年の維持費を調達するため、「こどもの里」の子どもたちへの支援の輪を広げようと、賛同者を募っています。 ◆維持会員(月会費・1口1000円) |
大阪市が改革案を発表してから、私たちは「大阪市子どもの家事業存続に関する陳情書」への署名を集め、4万3000余筆の署名を大阪市議会に提出しました。しかし、橋下市長・大阪市は、「子どもの家事業」廃止を強行する姿勢です。「子どもの家事業」存続を働きかけている中で、大阪市こども青少年局、西成区役所をはじめ、市会議員などに、「子どもの家事業」が何をしているのか? があまり知られていない実態に驚きました。
市役所の大人たちが子どもの「環境の貧困」を招くようなことを平然とやるなんて、それこそ「人権感覚」があるのか、と疑いたくなります。
「子どもの家事業」廃止は、「子どもの権利条約」に謳われている子どもの「遊ぶ権利」「選ぶ権利」「学ぶ権利」、そして憲法で保障されている「子どもの成長発達権」(憲法第13条)、「生存権」(憲法第25条)を脅かすものです。
私たちは、皆さんの力を借りながら、今後とも「子どもの居場所」を守っていく努力を続けていきます。