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2012/1/14(土)更新

深刻な汚染の中、1カ月も放置され続けた飯舘村

福島県飯舘村・長谷川健一さん(酪農家)

賠償金はいらない3月10日に戻して欲しい

飯舘村の酪農家・長谷川健一さんが来阪し、放射能汚染の深刻さ、無責任な東電への怒り、子どもを犠牲にしながら村落の維持に固執する自治体執行部への怒りを語った。長谷川さんは、飯舘村前田行政区長、福島県酪農協同組合理事。(編集部)

「日本一美しい村」に放射能が降った

原発事故さえなければ、今頃私は、鉄砲を担いで猪狩りをしているはずです。飯舘村は、菅野村長のリーダーシップのもと、自治体合併も拒否して村民総出で人が集まる魅力的な村づくりに取り組み、「日本一美しい村」にも選ばれた村です。春になると、共有地20fにつくったわらび園に、年寄りから子どもたちまで集まって、笑い声が響くはずでした。そんな矢先の大震災でした。

飯舘村は、山の上にある村なので、地震直後に津波被害にあった南相馬市の人たち約1200人が、避難してきました。私は酪農家ですから、牛の乳を搾って暖めて配ったり、猪牧場もやっていたので、村人が協力してボタン鍋を振る舞ったりしていました。

そのうち、原発事故の実態が明らかになります。1号機の爆発(3月12日)も、テレビでは「爆発」とは言わず、「大きな音がしました」という表現でした。しかし、原発から7・5`の浪江町に住む友人によると、「家が揺れるほどの爆発だった」そうです。

14日、3号機も爆発し、放射能が飯舘村を襲いました。夜9時、村の対策本部に行くと、「毎時40μSVを超す放射能汚染で、とんでもないことになっている」と聞かされました。皆に知らせるために部屋を出ようとすると、担当者は「村長から口止めされている」と言ったのです。

私は帰宅してすぐに、5人の班長さんに電話をし、翌朝、区内の村民全員を集めるよう指示しました。汚染の実態、放射能防護の方法などを知らせました。その後、避難区域がどんどん拡大していきましたが、飯舘村は30`圏外なので、何の指示もありませんでした。

3月23日、放射性物質の拡散を予測した模擬計算「SPEEDI(スピーディ)」の結果が、ようやく発表されました。何の因果か飯舘村は、放射能の直撃を受けていました。それでも政府は、原発からの同心円による避難指示の手法を変えませんでしたので、私は報道機関や村執行部に飯舘村の危機的状況を訴え、現実に沿った対応を求めましたが、報道では、その部分だけがカットされました。

4月22日になってようやく飯舘村は、計画的避難区域に指定されましたが、1カ月あまり村民は、高濃度汚染に曝され続けたことになります。

 情報隠蔽を指示した村長

この間、山下俊一教授(福島医大副学長)を筆頭とする御用学者が、次々と来村し、「放射能=安全」キャンペーンを繰り広げました。しかし、フリージャーナリストたちの計測では、雨樋の下など1000μSV/hというとてつもないホットスポットがあり、その周りで子どもたちが走り回っていたのです。

私は村役場に行って議長・ 副議長に速やかな全村避難を訴えましたが、彼らの返事はこうでした。「偉い先生が来て『安全だ』と言い、原子力安全委員会も『大丈夫です』って言ってるんだから、俺たちに何ができるんだ」。

私たちは、村に対して「御用学者だけじゃなくて、今中哲二さんのような立場の人の話を聞くべきだ」と訴えましたが、聞き入れられることはありませんでした。

これには理由があります。今中さんたちは、3月下旬に飯舘村の測定を行い、村長に結果を報告し、「すぐにも避難すべきだ」と提言したのですが、村長は「公表しないで欲しい」と頼んだうえで、「ここで生活する方法を考えて欲しい」と訴えたそうです。

犠牲となっているのは、子どもたちです。村長たちがムラにしがみついたために、村民の避難を止めようとしています。避難区域指定の前日も、近畿大学から来たという「専門家」が、「マスクなんて要らない」とまで言っていたのです。避難指示を聞いて村民は、「人をバカにするのもいい加減にしろ!」と怒りました。

飯舘村は安全だと言われ続けたために村民の避難が遅れ、たいへんな被曝を強いられました。先日発表された「県民放射能生涯被曝予想」を見ても、飯舘村は非常に高いのです。飯舘村の子どもたちは、広島長崎の被曝者のような差別の対象になる可能性があります。

 農家に何の責任があるのか?

酪農経営は楽ではないので、私たちは、自分の世代で廃業も覚悟していたのですが、調理師をしていた息子が後を継いでくれることになり、息子の要望で仔牛用牛舎を新設したばかりでした。新畜舎は処分せざるを得なくなり、残ったのは借金だけです。買ったばかりの大型トラクターも返品しました。

事故以来、牛乳は出荷制限がかかっていましたので、3月12日から6月6日まで、毎日、搾った牛乳を捨てていました。しかし、月100万円ほどの餌代はかかりますから、すぐに経営が傾きました。さらに、計画的避難区域の指定で、重大な選択をしなければなりませんでした。廃業です。区域内の全ての酪農家に集まってもらい、相談の結果、中止を決めました。

ここで強調したいのは、この間、国・県・農協からの支援は一切なかった、ということです。

無策だった政府・東電

今回の事故の加害者と被害者は、明確です。加害者は東電であり、被害者は我々住民です。ところが、それが逆転しているように感じます。東電は、「賠償を支払ってやるから申請しろ」という態度です。そもそも、賠償の基準・算定を加害者が一方的に作るという枠組みそのものが、間違っています。

東電から送られてきた賠償請求マニュアルは膨大・難解で、高齢者世帯が理解し、請求できる内容ではありません。このため双葉町は、住民の裁判支援の資金(弁護士費用)として5000万円の拠出を決めました。弁護団と連携し、市民が気づかない項目や訴訟状況の情報を取り入れ住民の側に立った支援を準備しています。飯舘村にそういう支援制度はありません。

 「原発さえなければ」と死んだ友人

6月14日、最も恐れていたことが起こりました。牛飼い仲間の一人が、「原発さえなければと思います」という走り書きを残して自殺しました。「残った酪農家は、原発に負けないで頑張って下さい」との走り書きを残した彼には、7才と5才の息子がいました。

時を同じくして、隣の部落に住む102才のおじいちゃんが、「俺が居たんでは避難の足手まといになる」と言って、自らの命を絶ちました。南相馬市では、93才のおばあちゃんが、「私はお墓に避難します」と、命を絶ちました。 これからも、こうした悲劇は続くでしょう。

私たち飯舘村前田地区住民は、@病院が近い、Aスーパーが近い、B周辺に住宅地がある、C木造住宅、D飯舘に近いこと、という5条件を決めて、避難先を探して、伊達市にかたまって避難しています。阪神淡路大震災の後で発生した様な多くの孤独死を避けたかったからです。避難先の仮設住宅で、村民有志300名による「全村見守り隊」を組織し、24時間体制で村内をパトロールしています。

 期待できない除染の効果

原発は国策として進められてきたので、私は、事故後の対応はしっかり整備されているものと思っていました。しかし現実は、チェルノブイリ事故でさえ、対岸の火事でした。除染も、今になって方法を検討しているという体たらくです。

村は除染による村民の帰還という方向にまっしぐらに進んでいます。村役場も自衛隊が徹底的に除染しましたが、線量は、3割程度しか下がりませんでした。除染の効果は、極めて限定的です。私も村には帰りたいのですが、除染がダメな場合の次善の策(集団避難)も今から準備しておく必要がある、と村長に提言しています。

政府は、数年後に10_SV/年程度に下がった段階で、安全宣言を出して、村への帰還を促すでしょう。私は戻るつもりですが、4人の孫たちを帰すことはないでしょう。若い人たちが子どもを生み、育てられる環境ではないからです。

会津地方は、農作物に「安全宣言」が出されていますが、会津の牛からもセシウムが検出されました。会津の牧草も汚染されているのです。飯舘村に帰っても、農作物は作れません。海洋汚染も深刻です。

ドイツは脱原発を決めましたが、できる条件がありました。大規模な太陽光発電所、整ったリサイクルシステム、学校での節電教育、等々です。一方日本政府は、根拠のない事故収束宣言をしています。さらに、原発を再稼働し、輸出するとまで言っています。

事故を風化させてはなりません。家族がバラバラにされ、村の中でも、放射能の危険性を語ることはタブーとなっています。住民どうしの深刻な対立が生まれているのです。

今、我々が何を望み、どうすべきか?考えてもわかりません。あえて言えば、賠償金も何も要りません、「3月10日に戻して欲しい」ということです。

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