ダニー・バーン(「ソーシャリストワールド・ネット」より/翻訳・脇浜義明)
スペインの首都マドリードで、6月19日、5万人が参加する「怒りのデモ」が行われた。5月に始まった「5・15(キンセ・エメ)運動」の継続・発展である。
同運動は、地方都市にも広がり、高失業率や増税に抗議する数万人のデモとして始まった。同国の失業率は21%。15-24歳では42%に上っている。デモの広場にはテント街が形成され、恒常的人民議会を設立。調理場や広報コーナー、保育施設も登場した。
欧州委員会が要求する「構造調整政策」で、スペイン政府は緊縮財政=社会保障費削減を打ち出した。教育や医療費まで削減する。公務員が職を失い、ベッドを確保できない病院や、電気代が払えない学校まで出てきているという。
スペイン経済は、2008年のバブル崩壊まで経済評論家たちの賞賛の的であった。1995年からの10年間で700万人の雇用創出。国民の名目資産は3倍に増加。住宅価格は220%も上昇し、戸数は30%=700万戸も増加した。
ところが経済成長の主因は、住宅バブルによるもので、その虚構と脆弱性が明らかになって、2008年、一気にバブルが崩壊。不動産バブルがはじけてみると、若者の不安定雇用と失業・貧富の格差・貧弱な社会保障という現実がにわ
かに明らかになった。人々の大部分が借金地獄に浸かり、多くが失業、しかも公的社会サービスは支出カットと民営化によるダブルパンチで貧者に届かない。
一方、企業は、短期労働契約ゆえにコストなしで人員削減を行い、巨大銀行は、不良債権として利子をつり上げ、利益を集めている。
「5.15運動」は、こうした政府と資本家による悪だくみへの大衆的抗議としてある。スペインの経済危機は、ユーロ圏全体を巻き込む社会変革の大波に発展しつつある。(文責・編集部)
社会の広範な層から支持されたスペインの若者の反乱には、革命的な要素がある。現体制と旧秩序をトータルに否定・憎悪するもので、デモや集会のプラカードにも「革命」の文字が見られる。
しかし、革命が何で、どういう意味や目的や計画があるのかがはっきりしていないので、若者のほとばしる感情をどのようにして本当の革命的変革へもっていくかが、革命的社会主義者にとっての課題となる。いずれにせよ、資本主義では提供されない人間的生活を求めて闘うこの運動は、これまでの比較的「安定」していた時代の終焉と、長い社会的・階級的闘争過程の新段階突入を意味するものだ。
ヨーロッパの労働者階級は、労働者の生活や過去の闘争の成果に対する資本家階級からの猛攻撃に準備できていなかった。大労組幹部は、下からの要求を組織して闘いを組み立てることをしないで、資本に協力し、労働者の非戦闘化を促進していた。
とりわけ若い労働者は、体制や政府の金持ち優遇政治への怒りを表現できる場所も機会もなかった。現在の資本による猛攻前は、20年間の好景気の中で、スペインの労働者、とりわけ若者は高い生活水準を享受、「黄金の未来」が約束されているかのようであった。それが突然崩れたのだ。
失業者数は、公式発表で約500万人、25歳以下の若者の場合、2人に1人が無職で、しかも公的給付金はゼロである。就業者でも、不安定な仕事に従事している人々は約1100万人。こういう社会状況の中で怒りが集積し、ついに反乱が勃発したのだ。もうスペインは、反乱前に戻ることはできない。
反乱は5月15日に起きたことから、5・15運動(15─M、キンセ・エメ)と呼ばれているが、現在重大な段階にある。退却と脱線を避け、運動を強化・発展させるためには、明確で前向きの集団的計画が必要である。マドリードのプエルタ・デル・ソル広場とかバルセロナのカタルーニャ広場など若者が占拠している広場には、労働者、失業者、年金生活者など多くの支援者が集まって、激論が交わされている。エジプトやチュニジアの革命が、スペインやギリシャに飛び火したのである。
けれども、都市中心部の広場を占拠して気炎をあげているだけでは、社会変革は実現できない。広場の大衆占拠が物理的にいつまでも続くわけもなく、資本側新聞は若者の怒りがいつまでもつかの推測記事でいっぱいである。要求を国民に分かるように表現し、それを実現させるための効果的な行動に出るべきだろう。広場の占拠そのものは、資本家や政治家に脅威を与えない。
しかし、それが持つ潜在力─つまり圧倒的な数の民衆を引きつけた力は、資本家と政府にとって脅威だ。社会に火をつけ、資本主義の根幹を揺さぶる大衆的闘争になる可能性を秘めているからである。政党政治的な意味ではなく、社会がどうあるべきかという大衆討議を作り出した、という意味でそうなのだ。大衆討議で要求と目標を設定し、それを実現する大衆行動計画を立て、広場占拠から社会変革へ向かうべきだ。
中には、広場占拠を自己目的として、そこを解放区として「別個世界」を作ろうという意見もあるが、労働者階級を背後に持つ若者はそんなことのために闘争に参加したのではない。闘いの鍵は職場、学校、大学、地域社会、病院など生産現場、生活現場にあり、主体は労働者、失業者、学生、その他資本に搾取されている人々だ。
闘争を生産点や生活点へ分散し、それを固定・強化・発展させて、持続的で広範な社会的民主主義運動にすることは、前進となる。労働者はもちろん福祉予算削除に反対する人々や社会の多様な層の人々を、国や州の緊縮財政や資本主義への闘いに参加させるように働きかけるべきだ。
各拠点に統一運動評議会を作ること、そこから地域や全国議会への代表を選出し、その代表はいつでもリコールできる、民主的仕組みを持つべきだ。州や全国議会は、州または全国レベルの闘争を計画する。
15─M反乱は、国際金融市場に向かって「安定」イメージを伝えようとしているスペイン資本にとって、大打撃である。同じように、UGTやCCOO(スペイン最大の労組連合)にとっても打撃である。1000万人がストに入った9・29ゼネストの後、指導した労組幹部は政府に協力する反動的協定を結び、その結果、失業者数は激増し、年金支給年齢の引き上げや団体交渉権制限にまで導入された。
15─M反乱は、労組幹部による裏切り行為の抑止となった。現場下部労働者に自信を与え、上層部への圧力となった。良心的組合指導者の口から、「組合の復権のためにゼネストを打とう!」という呼びかけが出るようになった。
ゼネストは、緊縮財政攻撃の犠牲者を奮い立たせ、若者と労働者を結びつける。資本家からの攻撃にさらされてきた労働者こそ、スペイン社会で最も重要な人々である。決定的な生産力であり、階級として共同意識を持ち、経済や国家を麻痺させる力を持つ彼らこそ、民主的社会主義社会の建設の先頭に立つべきだ。
ゼネストは、彼らの潜在的力を端的に表現するものである。エジプトの革命も、タハリール広場の占拠だけでなく、労働者がストを通じて反乱に参加したから成功したのだ。
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