[海外] アメリカからの報告 こうして原発は生き残る
──米・ノースキャロライナ州立大学ローリー校講師 植田恵子
「不況の今、安全よりも雇用を!」というキャンペーン
東北地震以来、アメリカのメディアは、「辛抱強く」「おとなしい」日本の被災者が不思議に見えるほど、福島原発事故をセンセーショナルに取り上げてきた。原発事故の悲惨さ、放射能漏れの恐ろしさに、ショックを受けたアメリカ人も多い。地震、津波による被害や犠牲者の報道を目の当たりにし、普通の市民や学生が折り鶴を片手に、活発に救済基金活動を展開している。日々アメリカ人の暖かい言葉や祈りに、目が潤むことも多い。しかし、原発のあるこの町でも、原発の是非を巡る議論を聞くこともなければ、デモもなかった。
調査によると、地震前まで57%が原発支持だったが、1週間後の調査では47%に下がった。つまり、ほぼ半々の割合で、賛成派と反対派が存在している。
1950〜60年代のアメリカは、ソ連との核兵器増強競争の中で、子供たちは、「ソ連から核ミサイルが飛んできたら、目を押さえ、机の下にしゃがみこんで頭を隠せ」と教えられた。そして、1979年の原発を扱った映画「チャイナ・シンドローム」から3日後に、スリーマイル島事故が、1986年にはチェルノブイリ原発事故が起こった。過去に原発の危険性と恐怖を心に焼き付け、2度とあってはならないと思った人々がたくさんいる。
東北地震後6日間で、ノースキャロライナ州の製薬会社「ヌーク・ピル」は6500錠、通常の65倍のカリウムヨウ素錠剤の注文を受け、在庫が払底した。カリフォルニアの軍備品店では、ガスマスクをはじめ、救急用品、非常用食料がよく売れた。
しかしメディアは、あたかも「原発反対派は放射能パラノイアで、あり得ない事故を憂慮する合理的思考に欠けた人間だ」「一般市民には複雑な原発の安全機能など理解できない」と匂わせる報道を繰り返した。アメリカでは、火力発電の大気汚染によって、1年に24000人が命を失う。2000年以来、石炭・石油・天然ガス発掘事故での犠牲者は、1300人に上る。元原子力規制委員会の研究員は、原子力発電事故で死亡する可能性は10万人に1人で、それは一生のうちで落雷で死亡する確率に等しいという。
大資産家ドナルドトランプは、「自動車事故で人が死んでも、人は運転をやめない。飛行機墜落で人が死んでも、人はまた飛行機に乗る。人生に問題はつきもので、完璧なものなどない。原発だって同じ。合理的にリスクと利益を考えるべきだ」と言う。
共和党議員や州知事らは、「福島原発事故は、安全管理を怠った人災だが、アメリカの原発は安全だ」「小型原発なら大丈夫だ。雇用をもっと促進できる」と、賛同の声を上げる。オバマ氏も「原発増設で雇用が増える。そのために政府ローンの保障を約束しよう」と、昨年のエネルギー政策演説で述べた。既存の原子炉の安全点検の命令も、原子力規制委員会の「はい、完了。安全です」の一言で終了した感がある。
「不況の今、安全よりも雇用を!」というメッセージが、一般市民の憂慮の声を掻き消してしまった。しかも、そんな偏った議論さえも、震災後わずか8日間でメディアから姿を消し、原発の是非を問うチャンスは、失われた。リビア民主化・内戦が始まり、アメリカのNATO参加が納税者にいくら負担を強いるのか、が目前の関心事になってしまったからだ。