[海外] イスラエル/なりふり構わぬ新移民奨励制度
──ガリコ 美恵子
タグリットとは
「世界に散らばるユダヤ人を、何とかしてイスラエルに移民させよう」とする数多くある団体の内、最も有名なものに、タグリットがある。
この団体の特徴は、ユダヤ人の若者を対象にした「無料イスラエル10日間旅行」プログラムである。参加者の最寄の空港からテルアビブ・ベングリオン空港までの往復の飛行機代、イスラエル国内を10日間周遊する観光バス、通訳ガイド、イスラエル兵によるボデイガード、ホテル代、食事がセットで、全て無料となっている。
彼らは、団体でイスラエルに到着し、観光バスに乗り込んで、10日間のイスラエル旅行を無料で楽しんでいく。しかも、訪問スポットは「イスラエルはユダヤ人の故郷である」と確信させるように組まれており、ご丁寧なことに、イスラエル軍兵士との交流会も設けられる。
応募条件は、@ユダヤ人であることと、A年齢18〜26歳の若者であることのみ。多くは北米、カナダからだ。
2000年から始まったこのプログラムには、現在まで約25万人以上が参加したと記録されている。どこからそんな予算が出ているのだろう?と不思議になるが、予算の半分はイスラエル政府が支出している。
残りの半分は、第2次世界大戦時代にナチがユダヤ人に対して行ったホロコーストの「罪ほろぼし」として、ドイツ政府から支払われている他、世界のユダヤ協会からも捻出されている。
これで、イスラエルに住む私の生活がきつい理由がよくわかった。軍事費のみでなく、世界各国のユダヤ人をイスラエルに呼び寄せる資金つくりのために、税金や物価が、むちゃくちゃ高いのである。
20年前、イスラエル人の夫と結婚して日本からエルサレムに移り住んできた私は、まずヘブライ語学校に通った。政府が半分負担しているヘブライ語学校の授業料は、語学学校にすればそれほど高くなく、週2日、1日5時間のコースで1万5000円/月程だった記憶がある。
しかし、私以外の生徒は皆ユダヤ人であったため、授業料を払わず、教科書も無料で支給されている不公平さ。この国で私が最初に感じた矛盾の一つであった。
タグリットのホームページに記載されている旅行の安全性に関する記述を読むと、のけぞってしまう。「ガザ、西岸地区および東エルサレムには行かない」と書かれているのである。しかしそれは大きな嘘で、この団体が最も重要な訪問先としている「嘆きの壁」は旧市街の中にあり、旧市街は東エルサレムに位置する。また、その次に訪れるダビデの町はシルワン村にあり、これも東エルサレムにあるからだ。
ウソ八百のイスラエルツアー
2000年から始まったタグリットによる団体旅行は、急速に人気を得、年々参加者が急増している。
まず困ったのが、観光バスを停車させておく駐車場だ。このため、シルワン村の入り口にあったパレスチナ人の家は撤去され、現在は駐車場になっている。国連安保理決議で、「東エルサレムはアラブ人の居住区域である」と認められているにも関わらず、である。
少し機転の利く若者なら、自分たちが訪問しているダビデの町の遺跡公園が、東エルサレムに位置することくらい、容易に気づくはずである。実際、タグリットのプログラムに参加してイスラエルに旅行に来たアメリカ人女性たちが、そのおかしさに気づいた。その後、彼女たちは「イスラエル・家屋破壊反対委員会」にボランティアで参加した。私は、そのうちの数人と知り合いになったことがある。
数年前のある朝のことだった。シャワーを浴びて仕事に行く準備をしている私のところに、地元のおじさんが駆け込んできた。当時、旧市街のイスラム教徒地区に住んでいた私には、地元の情報が細かく入るようになっていた。「すぐ近くで家屋破壊が行われている」というのである。
屋上から見ると、隣のビルからホコリ煙が立ち上がっていた。私はすぐに、「イスラエル家屋破壊反対委員会」に電話した。彼らは10分ほどで駆けつけてきた。その団体の中にいた数人のアメリカ人たちこそ、先に触れた女性たちである。彼女たちは、タグリットの団体旅行に参加した後、イスラエルがしている数々の無法行為に気づき、家屋撤去反対委員会の活動に参加したのだ。
ダビデの町の遺跡公園の建設で、住んでいたパレスチナ人たちは、無理やり追い出された。現在問題になっている、東エルサレムにおけるイスラエルの家屋破壊政策は、世界各国からやってくるユダヤ人の団体客が、ダビデの町の遺跡を訪問しがてらピクニックができる国立公園を造るためである。
それと同時に、海外からのタグリット参加者が、「東エルサレムに来ている」と感じないようにするためでもあるのだろう。旅行プログラムの目標は、彼らが移民することである。