[海外] いつわりの「幸せの国」ブータン
──大阪産業大学人間環境学部(比較社会論担当)/リングホーファー・マンフレッド教授
GNHを実践する「幸せの国」=ブータンの実態とは?
経済指標として注目を集める「GNH」(国民総幸福量 =Gross National Happiness)。70年代にGNHの理念を提唱し、国家的施策としている唯一の国がブータンである。
スローライフに憧れる観光客だけではなく、研究者や世界各国でもブータンの取り組みへの注目は高まる一方だ。
しかし、ブータンの実態は、「GNH」や「幸せ」を語るような状況とは程遠い、という。
ブータンの国情に詳しい、リングホーファーさん(大阪産業大学教授)にお話をうかがった。(編集部・渡邊)
いずこも同じ、宗教・民族差別
「ブータン=幸せの国」というイメージが定着しているが全く違う。多くの政治家や研究者、市民がだまされている。ブータンのGNHを語るためには、まずブータンの実態を知っておくべきだろう。
ブータンと関わったきっかけは、アムネスティ・インターナショナル本部(ロンドン)から、私が属している「奈良45グループ」が直接連絡を受けたことだ。90年代初め、国内の民主化運動に対して、ブータン政府による苛烈な人権侵害があり、多くの国民が隣国ネパールへ逃れて難民となっていた。私は、93年に友人と難民を支援するNGO団体(AHURA JAPAN )を創設し、代表として18回ネパールを訪問している。
ブータンは多民族国家だ。宗教も、チベット系仏教には国王の属するドルック派、他にニンマ派があり、ネパール系住民は、ヒンドゥー教徒が一番多く、仏教徒もいる、キリスト教徒も少数いる。しかし、国王を中核とした支配層は、85年に改定した国籍法に基づいた強引な同化政策を、80年代末期から進めた(一民族、一国家 "One People, One Nation")。ブータン国王(チベット系)の民族文化・礼儀作法・言語・宗教・服などを、全国民に強制したのだ。
抗議の中心人物だったテク・ナット・リザル氏(国王の諮問委員)は逮捕され、後にネパールへ亡命。半年後にはブータン政府に誘拐され、89年から99年まで囚人となった。
同化政策に反対したネパール系エリート層も逮捕され、ネパール系(主にブータン南部在住)のデモ(他の民族系住民も参加)は徹底的に弾圧され、1000人以上が警察・軍に殺害された。
次に政府は、追放政策を実行した。虐待・拷問・レイプなどがあったと聞く。ネパールやインドへの難民数は、03年には13万人以上。人口約68万人の国で驚くべき数だ。
いまだブータン政府は、王室関係者や一部政治家・軍人(エリート)に利益を供する政治を行い、体制批判者は排除している。
難民キャンプには、ヒンドゥー教寺院の他に仏教寺院やキリスト教系の集会所があり、ブータン国内よりも人権や自由、多様な文化への尊重がある。
近年ようやく国際的に認知されてきたブータン難民問題だが、現在まで特に国連の取り組みは不十分で、ほとんどのメディアも取り上げていないのが現状だ。「ブータン=幸せ」ではなく、ブータン難民の窮状をまず知って欲しい。