[社会] 獣医師からみた口蹄疫禍 今の経済システムでは飼料自給も複合農業も理想論
現場で作業した獣医師・矢野安正氏に聞く
宮崎・口蹄疫発生の震源地となった児湯地区。そのまん中で獣医師として働いた矢野安正氏は、感染3例目を診察した。1例目を報告した獣医師も矢野獣医師の元で研修を積んだ獣医師で、発表前から相談を受けていたという。
感染した家畜の殺処分、ワクチン投与(死刑宣告)についての農家の説得など、過酷な日々が続いた。家畜を生かすために技能と経験を積み上げてきた獣医師が、殺すための説得をし、自ら殺処分の先頭に立たねばならなかった心労は、想像力越えるものだろう。「感染した家畜の殺処分よりも、ワクチンを打つ方がキツかった」と振り返る。
「終息宣言」直後に病院を訪ねたが、矢野氏はホッとする間もない。10人のスタッフを抱えながら、診察すべき家畜は、1頭もいないからだ。獣医師にとっての口蹄疫禍とは? 萬田名誉教授の近代畜産批判(前号に掲載)への意見から聞いてみた。(文責・編集部)
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30数年にわたってこの児湯地区で獣医師としてやってきましたが、今回の口蹄疫災害で、診察する家畜がゼロになりました。
今回の口蹄疫発生で、近代畜産を否定しても、詮なきことです。こうなるにはこうなる理由があったわけです。「飼料を自給しろ」と言っても、どだい無理な話です。
集中化の問題にしても、スケールメリットがあり、効率的だからこうなっているのです。飼育場を分散すれば、餌も分けて運ばねばならなりません。コストを考えれば「業」としては成り立ちません。現在の食肉価格を前提にすれば、小規模ではやっていけません。
外国産飼料についても、国は「飼料米の推進・自給」を対策の目玉として打ち出しています。一つの方策ですが、1反あたりの価格は、食用米の3分の1。この価格では、作ってくれる農家はいないでしょう。
米の自由化の時も「日本の米は高い」と言われましたが、資財も人件費も高い日本で作れば、こういう価格になるのは当たり前です。その日本に安い外国産飼料が入ってきて、「飼料を自給しろ」と言っても無理です。
「地産地消」は、牛の世界でもいいに決まっています。しかし、今の経済システムでは、補助金なしでは成立しません。国は、「規模の適正化」とか「飼料の自給」とか言っていますが、現実的には不可能でしょう。可能ならすでにやっているはずです。
鶏舎・豚舎を造るとなると、数千万円の投資となります。貿易自由化で安い肉が入ってくる中、「適正規模」なんて言ってたら、投資は回収できません。理想はあっても、どうしたって密飼になるし、安い外国産飼料に頼ることになるのです。
口蹄疫禍の反省もあるし、対策も打たれるでしょうが、10年も経てば忘れ去られて、結局は、現状が維持されるのではないでしょうか。