[社会] 行政からみた口蹄疫禍 先の見えない不安と恐怖 「申し訳ないと思った瞬間に自分が崩れていきそうだった」
──宮崎県農政水産部畜産課・家畜防疫対策監 岩崎充祐氏
宮崎口蹄疫の教訓とは?
前号に続いて、口蹄疫の現地取材報告をお送りする。
行政サイドと獣医師のインタビューだ。前回掲載した萬田正治教授の指摘=「口蹄疫は近代畜産への警告」への意見を聞いた。ご両人とも、萬田氏の意見に同調はしない。しかし、現場で悩み、苦闘してきた姿には迫力がある。
まず、宮崎県農政水産部畜産課・家畜防疫対策監・岩崎充祐氏。口蹄疫対策の現場指揮官と言っていいだろう。その岩崎氏が、対策について、「モグラ叩きしかない」と吐露する。口蹄疫が再々度発生することを認めざるを得ないからだろう。また、「清浄国」であり続けることについて岩崎氏は、防疫の観点よりも、畜産物の「貿易」という観点からその必要性を説いているのは興味深い点だ。
感染拡大中の膨大な作業、先の見えない不安・恐怖を語っているが、現場ならではのリアリティがある。ワクチン接種─殺処分については、対象農家からは、「いきなりやるという電話だけ」「説明がない」「家畜を殺される農家の立場に立ってみろ」など、数多くの批判を聞いた。
しかし、県の職員も不安と恐怖の中で、ケガも負いながら作業にあたっていた。「申し訳ない、と思った瞬間に自分が崩れていきそうだった」との回想から、その苦しさがよく伝わってくる。(編集部・山田)
強大化したウィルス感染力
── 口蹄疫伝染は、近代畜産の根幹にある弱点が、露呈したという意見があるが…。
岩崎…それも要因の一つだと考えている。しかし、10年前の口蹄疫ウィルスと比べて、今回のウィルスはとても感染力が強く、一気に広がった。単純に比較はできないが、近代畜産の飼育方法が主因とは考えていない。
── 飼料を海外に依存し、今回も中国産稲わらによる感染も疑われているが。
岩崎…確かに飼料穀物は100%近い海外依存だが、牧草などの粗飼料については、9割近く自給している。2000ヘクタールの飼料稲の作付けにも取り組んでいるところだ。
中国産稲わらについては、過去3年間口蹄疫が発生していない地域に限定し、燻蒸消毒したものを輸入している。疫学調査でも、「中国産稲わらからの感染はなかった」と断定している。研修生を通した感染も否定された。遺伝子解析の結果からは、韓国か香港から入ってきたと考えている。
対策は「モグラ叩きしかない」
── 知事の「正常化宣言」でも、防疫体制の強化が強調されているが…。
岩崎…口蹄疫を完全に防ぐのが無理であることは、今回の経験でもはっきりした。春頃に発生しやすい傾向があるようだし、近隣諸国の動向は、常に注視しなければならないだろう。しかし、それでも、どこからウイルスが侵入するかわからない。特に人を介した感染を防ぐのは、極めて困難だ。
つまり、発生を前提に、早期発見のための診断基準や機器を整備しておくことが重要であり、迅速に処分するための組織体制や補償問題を明確化しておけば、今回のような混乱は避けられるだろう。
── ワクチンを接種した家畜も全頭殺処分した。発病しない強い家畜を残したほうがいいという意見もある。無菌状態を維持する必要はあるのか?
岩崎…まず、ワクチンを接種した数10万頭の家畜の経過を、個別に観察・検査し、判断・分類する作業は、あの状況では物理的に不可能だった。次に、もし、ワクチン接種家畜を残せば、市場で取引され、全国に広がる。そうなると口蹄疫が日本全体に広がり、日本は汚染国となる。将来のリスクを考えると、日本政府も宮崎県も大反対するだろう。
現行法では、ワクチン接種家畜は補償対象ではなかったので、農家の不安・反対は強かった。しかし、「全国に広げてはならない」という強い思いで短期間のうちにご理解を頂いた。ワクチン接種家畜を残すという選択肢は、あり得なかったと確信している。
── 清浄国・非清浄国という分類そのものが、過度な対策を強いているのではないか?
岩崎…米国と豪州から安い肉が入り、畜産農家は、今でも厳しい経営を強いられている。アジア・南米からさらに安い肉が入れば、太刀打ちできない。もし非清浄国から畜産物を輸入することになれば、日本の畜産は崩壊するだろう。貿易自由化の中で生き残るには、高品質な肉を高く買ってもらうしかない。清浄国であることは、非清浄国からの畜産物輸入を拒否できる防波堤ともなっている。