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▲「伝染病は、くり返し起こる」と警告する萬田氏。
更新日:2010/10/25(月)

[社会] 無菌化を発展と見なす近代 口蹄疫は土地なし畜産の歪み
──萬田正治(鹿児島大学名誉教授)

近代畜産の3つの弱点

萬田正治さんは、鹿児島大学名誉教授。合鴨農法の研究と普及に力を尽くした同氏は、現在、鹿児島県霧島市溝辺町竹子で農園を実践しながら、若い営農者を育てる農塾も開いている。小規模・複合化を合い言葉に、国民皆農制も視野に入れた「農のある新しい生き方」を提唱。「市場原理・競争から抜け出すことによって新しい風は吹いてくる」と語る。8月末、農園にお邪魔し、お話を伺った。(編集部・山田)

―口蹄疫禍の教訓は?

口蹄疫禍は、「国土に根差さず、飼料も海外から」という近代畜産が生み出した歪みであり、強い警告です。戦後、和食から洋食への転換を背景に、海外飼料に依存する近代畜産経営が奨励されました。

近代畜産の弱点は、早くから指摘されていました。まず、経営の不安定さです。飼料穀物価格は、事実上シカゴ相場で決定されます。穀物価格が高騰すると、たちまち畜産経営は危機に陥る、という事態を繰り返してきました。農家は、畜産物の価格変動にも翻弄され続けています。

2番目の問題は、海外飼料の安全性=農薬汚染の問題です。1960年代末、淡路島モンキーセンターで大量に奇形猿が生まれました。主な原因は、飼料のアメリカ産大豆の農薬でした。当時のポストハーベスト農薬は野放し状態で、残留性が高く、死んだ猿の体内から有機塩素系農薬が出ました。こうした農薬だけでなく、飼料に病原体が付着して持ち込まれる危険性は、さらに高まっています。

3番目は、糞尿処理の問題です。外国産飼料で育てられた家畜から出る大量の糞尿を返すべき土地がないのです。土地に根ざさない畜産が生んだ公害です。

こうした弱点を顧みることなく、米国をモデルとした単一化・大型化が勧められてきたのです。農作物と畜産が分離され、畜産は、鶏と豚と牛に分けられ、さらに牛・豚は、繁殖と肥育に分けられて専門化し、大型化する。狭い土地に最大限の頭数を飼育する、という効率化経営です。これを推進してきたのが、JA農協であり、国・県です。

牛の飼料である稲藁の海外依存度は、5割を超えています。そのほとんどは、口蹄疫汚染国である中国からです。政府は「消毒を前提にしていた」との建前を繰り返しますが、大量の稲藁を完全に消毒することなど、現実的には不可能です。したがって今回の口蹄疫は、十分想定できた災害です。

政府・県・JAは、農家にこうした畜産を勧めておきながら、危機管理を怠り、無防備なまま放置してきたのです。今回の初動体制などを観ると、10年前の口蹄疫発生から何らかの教訓を引き出したとは思えません。

複合化で資源循環農村活性化も

―では、「もう一つの畜産」はあり得たのでしょうか?

対案は、農業の複合化です。単一作物経営をやめて、畜産と園芸・稲作を組み合わせた複合経営にすることです。複合化し多種経営にすれば、多くのメリットが生まれます。

まず、経営が安定します。単一大規模経営は、その作物が駄目(気候変動による不作や市場価格低下)なら、直ぐさま致命的な危機に陥りますが、複合化農業では、一つの作物がだめでも、他で頑張れます。

さらに、資源循環が生まれます。稲作の藁は、牛の餌になります。牛の糞は、堆肥として返ってきます。農業を複合化すると、必然的に小規模化し、その中で資源が循環し始め、自給率の高い循環が生まれるのです。

3番目は、農村の活性化です。小規模化すると、農家数が増え、農村は活性化します。単一化・大規模化した農家だけでは、農村はますます疲弊し、限界集落化が進みます。

中山間地で農業が生き延びていく道は、小規模で複合化した農業です。農業の複合化は、安全対策としてだけではなく、地域活性化=村の再生にも繋がるのです。私はこれを実践するために、農場を開き、若い営農者を育てています。

―小規模化・複合化すると、農業所得の減少は避けられないのではないでしょうか?

確かにそうなります。だから兼業化すればいいのです。専業農家に日本の農業を託す必要がどこにあるのでしょうか? 日本の農家の9割以上は、兼業農家です。行政は、専業農家を優遇し、兼業農家を見放しましたが、生き残ったのは、兼業農家です。事実が証明しています。今、流行の「半農半X」もそういうことです。

こうした基本的な考え方を共有し、日本全体で合意形成して、兼業農家を支援する施策を考えれば、自給率が高く、安全・安心の農業は可能です。

―OIE(国際獣疫事務局)基準の再検討を主張されていますが…

口蹄疫が発生した宮崎県は、非常事態宣言を発し、イベントをすべて中止し、高校野球の観客席もゼロとなりました。口蹄疫から家畜を守るために、国を挙げての大騒動となりました。

一方、2002年の日韓ワールドカップの直前には、ソウルのすぐ近くの京幾道で口蹄疫が発生しました。ところがこの時には、口蹄疫を理由に大会が中止されることもなく、メディアもこれを問題にすることなく予定通り開催され、特に問題は起きませんでした。

今年ワールドカップが行われた南アフリカも、非清浄国です。日本からも大勢の人々が押しかけたのですから、人を介した伝染など、何らかの懸念が表明されてしかるべきでした。

一方では大騒ぎの処置をとりながら、一方では感染の危険を見逃しても何も問題は起こらなかったのを見て、「今回の処置は本当に正しかったのか」という疑惑の念を抱くのは、私だけでしょうか。

OIE(国際獣疫事務局)ができたのは、1924年です。その後改定をくり返しながらも、口蹄疫は伝染力が強い病気なので、清浄国と非清浄国に分けています。清浄国は、欧米諸国・日本など、ほとんどが先進国で、中南米、東南アジア、アフリカなど多くの発展途上国は、非清浄国の扱いを受けています。

非清浄国に認定されると、家畜や畜産物の輸出を禁じられるために、清浄国で口蹄疫が発生すると、徹底した処分が行われます。今回国や県があのような大騒ぎをしたのは、貿易上・経済上の不利益を受けると考えたからです。

しかし、グローバル化でこれだけ人や物が移動する時代に、清浄国と汚染国を分けること自体無理があるのです。

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