[社会] 口蹄疫禍の教訓とは? 宮崎現地取材 高級和牛神話・近代畜産への警告
ワクチン接種家畜全頭殺処分に異議あり!
「宮崎の気候は亜熱帯化していますね」―地元の人はこう語る。夕方になると、突然スコールのような激しい雨が降りだす。大阪からは、直線距離で300キロ程だが、空気が違った。
東国原知事が口蹄疫「終息宣言」を出したばかりの宮崎を訪れた。29万頭余の家畜が殺され、「壊滅的打撃」と伝えられた。県やJAは「再建・復興」を叫ぶが、全ての家畜を失った専業の小規模農家が、復興へと簡単に移行できるとは思えない。何を教訓とし、どういう方向で再建するのか?も重要だ。フェリーにバイクを積み込んで宮崎に入り、被害農家の声を聞くことから始めた。
農家・獣医師・JA畜産協会・県防疫責任者など、渦中で数ヶ月を過ごした当事者に話を聞くと、数多くのドラマを垣間見ることができた。伝染病の急拡大という日常の根幹を脅かす災害時には、普段隠れている人間のエゴや意気地なさが露呈するとともに、他者への思いやりや強さも発現する。
こうした火花散るドラマが繰り広げられたのが、ワクチン接種とその後の殺処分だろう。ワクチン接種した家畜は、体内に抗体ができるために、発病し難くなる。しかし、病原菌を保有することになるため、しっかりした管理が必要で、農水省は「全頭殺処分」を決めた。
家畜への死刑宣告であるワクチン接種によって、農家は無論のこと、この措置に関わったすべての当事者は、不安と恐怖の中で思い悩み、決断し、その責任を否が応でも負うことになった。ワクチン接種家畜の全頭殺処分は、「清浄国」(後述)の認証を守るための政策として実施された。が、同時にそれは、「無菌社会」を守るかどうか?という選択でもあった。専門家の間でも当事者によっても、意見が大きく分かれる。「非清浄国である方がむしろ健全」と主張する萬田正治氏(鹿児島大名誉教授)に対し、県家畜防疫対策監・岩崎充祐氏は、「殺処分以外に選択の余地はない」と言う。震源地である児湯地区の矢野獣医師は、「(ワクチン投与は)最も辛い作業だった」と回想した上で、獣医師会として「ワクチン接種家畜を残すための制度改正」を要望する予定だ(各インタビュー参照)。
農家にとっての口蹄疫禍は、生活基盤を根こそぎ失ったということに尽きる。数十年にわたって積み上げてきた結晶を失い、この数十年の営みは何だったのか?との喪失感は、全ての被害農家に共通する思いだろう。
「口蹄疫堝は、近代農業の歪み」との萬田氏の主張に沿いながら、現場の人々は、どう受け止めるのか? 単なる理想論なのか? 実現可能性はあるのか? 「もう一つの世界」を考える上でも様々なヒントが見出せるはずだ。(編集部・山田)
殺処分で空になった畜舎
口蹄疫のレポートにあたって、まず杉尾芳彦さん(53才)の紹介から始めたい。取材初日の8月28日、「新生!みやざきの畜産 総決起大会」で、隣に座り合わせた川南町の畜産農家が、杉尾さんだ。川南町は、口蹄疫禍の震源地である。
杉尾さんの畜舎から感染牛は出なかった。しかし、感染拡大阻止のためワクチン投与を受け入れ、約1ヵ月後、飼育していた母牛20頭、仔牛21頭が全て殺され、埋められた。
31日、農場を訪れ、空になった畜舎を見せていただいた。宮崎市内から北へ約1時間。待ち合わせ場所に着くと、遠くで雷が鳴り、黒雲がたちこめてきた。スコールが来そうだ。杉尾さんの軽トラックの後を、急いで農場に向かう。数キロの農道沿いには、次々とカラになった牛舎が現れ、この地区が畜産農家密集地域であることがわかる。5分ほどで農場入口に着くと、番犬が、見慣れぬ私に吠えついた。
「ここは生まれた仔牛の飼育場、ここは分娩のための畜舎…」と案内されながら、きれいに掃除された畜舎を歩く。牛のいない畜舎は、糞尿の臭いは全くなく、徹底的に消毒されたことがわかる。
「宮崎だけで(感染を)止められたけん、ちっとは納得しちょる」と、杉尾さんは言うが、未だ再建のめどは立たず、ワクチン投与―殺処分の経過に話が及ぶと、悔しさがにじむ。その1ヵ月ほどは、「苛立つことばかりだった」という。
埋却地確保も農家の責任
まず、県防疫課への怒りだ。ワクチン接種の連絡があったのは、5月24日夜9時。補償問題など、詳しい説明もなく、「明日、行きます」と言う。
大事に育ててきた牛を殺す決断をし、翌日、家族みんなで待っていたが、ワクチンチームは現れなかった。作業が予定通りに進まず、杉尾さんの農場は、翌日にずれ込むことになった。牛飼い仲間から事情を聞かされた杉尾さんは、直ぐさま防疫課に電話をして、「電話1本くらい、できんのか!」と怒鳴ったという。「辛ぇ思いで待ち続けちょる農家の気持ちば、全然わかっちょらん」と怒る。
ワクチン接種後も、県の対応は混乱を続けた。埋却地が確保できず、処分が大幅に遅れるとともに、「安全帯」を飛び越えて、口蹄疫発症が相次いだからだ。ワクチン接種農家は、自らの責任で埋却地を確保しなければならない。しかし、農家から言わせれば、「感染してもいない牛を殺され、埋める場所まで見つけろと言うのか!」との不満はある。県防疫課の必死の努力はわかるが、「なんでそこまで、ワシラがしにゃならんのか!」との怒りだ。結局、周辺住民からの反対で、埋却地は確保できず、共同埋却地に埋めた。
補償金に3割の税金!
再建の道も、長く険しい。和牛繁殖は、新たな牛を入れて仔牛を生むまで育てるには、3年位かかる。この間、無収入の上に、エサや資材代を確保しておかねばならない。
奥さんと2人で空になった畜舎を案内する姿は、いかにも不安げだ。再開の意思はあるが、「補償金の税金問題がはっきりしないと、気持ちが定まらない」と言う。
殺処分した家畜は、全額補償される。しかし、これが「一時所得」と見なされ、補償額も小さくないため、3〜4割の税金を納めねばならないという。控除等はあるだろうが、借金を抱えた農家が再建するにあたって、こうした高額納税は、その意志を挫くには十分な打撃だ。
「納税が免除されなければ、農家の3分の1は再建を断念するだろう」―こう語るのは、児湯畜産農協連監事・黒木誠さんだ。黒木さんは、都農町に300頭の牛を所有し、繁殖・肥育の一貫生産を行う中堅畜産農家でもある。
20年前、20頭から出発し、本人・奥さん・従業員の3人で営農してきた。5月25日に農場で感染が発生し、全頭殺処分した。「病気に強い牛」のブランド化が再建方針だが、新しい牛の導入は、年明け以降だ。「大企業が畜産に参入してきており、競争は厳しい」(黒木さん)ため、耕作放棄地を借りて、飼料も作付けし、飼料自給率を高めている(約7割)という。
税金問題は、再建を掲げる宮崎の畜産農家にとって最大の関心事だと言っていい。黒木さんにしても、48頭の酪農家・角田寛さん(63才)にしても、再建の話になると、真っ先に「税金問題」を課題として挙げる。
県職員に聞くと、「法人の場合は3年に分けて申告も可能だが、個人農家は見通しが暗い」と言う。政府・財務省と県の交渉は今も続く。
特定できない感染ルート
「感染源も特定できないのに、安心して再建なんてできるわけがない」―被災農家の共通した意見だ。「口蹄疫発生を聞いて、毎日毎日、消毒作業に明け暮れたが、結局感染した。この地域は、畜産農家が密集しているので、いつ発症しても不思議じゃなかった」―こう語るのは、先述の黒木さんだ。「発症した農家の隣が必ず感染するということもなかった」ため、何を媒介して伝染したのか、今もわからない。「感染経路を特定してもらわないと、対策は難しい」と語る。
「わかっていても、公表はできないというところでしょう」と言うのは、角田寛さんだ。第1感染農家について、地元では、具体的な名前が挙がっている。県の防疫課も、公表6例目が最初に感染した家畜である、と確認している。
しかし、名前が挙がる大規模畜産農場は、弁護士を立てて法的な防御を講じているため、「県も手出しできない」(川南町被害農家)。「結局またウヤムヤになるんでしょうね」(同)と、諦め顔だ。
こうした農家の声を受け、宮崎県は県独自の調査委員会を立ち上げている。これについて知事は、「あんな(政府の)いい加減な調査で、県の責任を軽々に口にしないで欲しい」と、政府に噛みつく。
ただし「新生!みやざきの畜産 総決起大会」での各界の発言を聞く限り、発生源が特定される可能性は低い。萬田名誉教授(3面参照)も、「ウィルスは、次々と変異するため、大凡の見当はついても、特定は困難」と語る。