[海外] ラテン・アメリカと21世紀社会主義
マルタ・ハルネッカー(チリの社会学者、ジャーナリスト、活動家女性) /翻訳・脇浜義明
──2010年7・8月号 『マンスリー・レビュー』
誤謬回避の創意工夫
20年前、ラテン・アメリカや世界の左翼勢力一般は、困難な時代にあった。
ベルリンの壁が崩壊、ソ連は大混乱の末、ついに1991年末までに完全消滅してしまった。ソ連の後ろ盾を失ったニカラグア・サンディニスタ政権は、1990年2月の選挙で敗北し、中米の諸ゲリラ運動も解体していった。革命の旗を掲げ続けたのは、キューバだけであった。そのキューバもやがて消滅するだろうという徴候が、いたるところにあった。
そういう状況だったので、20年後にラテン・アメリカで左翼が政権を取る事態になるとは、誰も予想だにしなかった。
ソ連崩壊によって、ラテン・アメリカの左派、特にマルクス・レーニン主義左翼にとって困難な状況となった。しかし1980年代、マルクス・レーニン主義左翼は、サザンコーン(アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ、チリ、ブラジル、ボリビアを含む地域)の独裁政権と闘うために立ち上がった様々な抵抗運動から、多くのことを学んだ。また彼らは、中米やコロンビアのゲリラ闘争からも多くを学んでいたのだ。
その結果として、1960年代70年代にソ連のボリシェビキ・モデルに盲従して犯した一連の過ちや失敗に気がつき、修正するようになった。その点については、自著『左翼再建』で詳述したので、ここでは深く立ち入らない。
大きな影響を与えた「被抑圧者の教育学」とフェミニズム
ここでは、マルクス・レーニン主義者が犯した誤りをいくつかあげるにとどめる。
(a)前衛主義、垂直命令系統、権威主義―このために社会運動の方向、運動指導部の義務、闘いの綱領などは、すべて現場とかけ離れて存在する党で決定される。党命令は、党員を縛るだけでなく、草の根社会運動全体にまで大きく影響し、運動当事者は計画や意思決定への参加から除外された。
(b)戦略至上主義を生んだ教条主義、独断主義―具体的歴史的条件が考慮されずに、民族解放闘争や社会主義運動の戦略目標が設定された。
(c)歪んだ「主観主義」による現実分析―歴史事項を抽象的観念の具象化として見るため、革命的社会問題の歴史的特殊性を見抜くことができない。このため、左翼は往々にして、場違いで不適切な戦略・戦術を使った。人種・民族運動、文化運動、革命的キリスト教大衆運動などを軽視・無視したのも、その一部。