[社会] 「成長経済」という神話からの解放
「脱成長」の経済学─エコロジカル社会主義
菅新首相が「新成長戦略」を発表した。環境、健康、観光の3分野で100兆円超の新たな需要を創造するという。オバマ米大統領も、「米経済は、年率4〜5%のペースで成長するべき」との考えを示し、総額で8000億jを上回る規模の景気刺激策を講じて、300万から400万人の新規雇用を創出するとの方針だ。一方ドイツのメルケル首相も、金融危機で低迷するドイツ経済の成長回復を目指すとの公約を掲げて2期目をスタートした。
こうした成長信仰の神は、中国・ブラジルといった新興国で顕現し、危機にある世界経済の救世主として、今や注目と賞賛の的である。「経済成長」は、近代における神聖なる教義のようだ。
7月上旬、成長神話に異を唱えるフランスの《異端者》が来日。その「脱成長」経済学を披露した。セルジュ・ラトゥーシュ氏は、フランスを代表する経済哲学者で、近年欧州で最も注目を浴びる思想家の1人だ。彼の「脱成長」経済学は、地域性を重視したエコロジカルな自律社会をめざす。新自由主義の破綻が明らかな今、「脱成長」は、ポストグローバル化時代の指針となるのだろうか?
インタビューをまじえた同氏の主張を2回に分けて紹介する。(文責・編集部)
絶滅と絶望の交差点──なぜ、『脱成長』が必要なのか?
リーマンショック以来、金融危機が進行しているが、現在の危機は、文明的危機であり、人類という種の危機でもある。
ローマクラブ第一報告書『成長の限界』(1972年)は、現在の人口増加や環境破壊が続けば、資源の枯渇や環境の悪化によって、2070年までに世界の崩壊が始まると予想。続編『限界を超えて─生きるための選択』(1992年)では、21世紀前半に破局が訪れるというシナリオを提示した。
こうした中、俳優で映画監督でもあるウディ・アレン氏は、「人類は、交差点の中にいる」と言った。第1の道は、人類という種の絶滅へと至り、第2の道は、絶望へと至るという。近代以降、人類は、経済成長によって繁栄を謳歌してきたが、もう経済成長は起こらない。このため、成長を求めながらその希望が断たれ、絶望へと至る、というわけだ。
私は、第3の抜け道を提案している。それが「脱成長」であり、「つましくも豊かな社会」へと至る道だ。
成長主義の欺瞞
地球環境問題が現代社会の主要課題として登場すると、《大量生産・大量消費こそが、環境破壊の根本原因である》ことは、ほとんど常識化した。にもかかわらず、依然として成長主義が支配し、いったん不景気になると国を挙げて消費拡大をうたう。
こうした経済成長への強固な信仰の柱は、トリクルダウン理論という教義によってもたらされたものだ。「富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が浸透(トリクルダウン)する」とする経済思想である。
ところが歴史は、これと正反対のことを示している。英国の産業革命は、少数のブルジョアジーを生み出したが、工場労働者を貧困に落とし込め、農民を囲い込みによって農地から追い出し、職人を駆逐し、インドの綿手工業を徹底的に破壊した。
その後も過剰生産による経済恐慌が10年ごとに起こり、そのたびに新しい市場の開拓が行われた。こうした動機に基づいて帝国主義の植民地争奪戦が戦われ、アジア・アフリカ・ラテンアメリカは、低開発化された。
新しい市場=植民地の争奪が第2次世界大戦という巨大な破壊を招いて限界を示した後、資本主義は、新たな市場を開拓した。先進国の労働者大衆だ。1950年代から始まった大衆消費社会は、石油という新エネルギーを使用することで成立した。石油を基礎とした巨大技術装置によって、労働者一人あたりの生産性は飛躍的に向上し、そうして生み出され続ける商品は、彼らを新たな市場として消費された。
大衆消費社会の3つの要素 宣伝・貸し付け・短寿命の商品
こうした大衆消費社会が悪魔の輪舞を踊り続けるためには、3つの要素が必要であった。@消費欲を刺激する宣伝広告、A消費手段である信用貸し付け(クレジット)、B需要を更新するために生産物を短いサイクルで計画的に使用不可能とすること、である。
@宣伝広告は、所有していないものを欲しいと思わせ、現在享受しているものを蔑む心を植え付ける。宣伝広告は、不満足感と苛立った欲望の緊張感をたえず作り続ける。
A信用貸し付け(クレジット)は、所得が不十分な人々に消費させ、必要な資本を持たずとも起業家に投資を促すために利用された。
そのうえで成長主義社会は、B製品の耐久性を故意に短縮することで、消費主義という絶対的な武器を手中に収めた。電灯から眼鏡に至るまで、購入した途端に部品が故障し、修理費は「新品購入より高額だ」と告げられる。この結果、年間1500億台のパソコンが第3世界のゴミ処理場に輸送されている。
こうして我々は、経済成長「中毒」患者となったが、成長依存症は様々な形となって顕現化する。その一つが「仕事中毒」だ。抗うつ剤の過剰摂取によって仕事を維持し、英国の調査によれば、「常時ハイになっていることと」を望む上級管理職の人々は、コカインを摂取する。
「ターボ消費者」である現代人のハイパー消費は、傷だらけの幸福へと辿り着く。人間がこれ程までの精神的孤独を抱えて生きる時代は、かつてなかった。「癒しグッズ」産業は、そのような精神的孤独を虚しく癒そうとする。
「経済成長は人類の癌となった」というベルポム教授(欧州病院がん専門医)の診断に、ただ賛同するのみである。