[社会] 突然の解雇通告
介護業界のM&A
「皆さんは5月31日付けで退職していただきます」―早春のある日、本社の人事から突然届いた通告だ。全ての介護スタッフに衝撃が走った。
私が勤務する老人ホームは、運営会社の介護事業撤退により、同業他社へ事業譲渡されることになったのだ。2007年のコムスン・ショック以来、介護業界はM&Aが活発となり、買収や譲渡が繰り返されるようになってはいた。しかしそんな話は、「対岸の火事」と思って高を括っていた。今の職場で勤め始めて1年半、まさかこんな日が来るとは思いもよらなかったが、もはや他人事ではない。
驚きを隠しようもなかったが、一方で私は、他のスタッフが動揺していないか、心配しながら冷静に見つめてもいた。ちっぽけだけど、見せられる精一杯のプライドだった。
本社からの説明が終わると、「こんな大事なことを決めるのに、なぜ事前に相談がなかったのか」と、無念さをかみ締めた。私も所詮将棋の駒だったのだ。何があってもおかしくはない昨今の介護業界では、くじ引きに外れたような自己責任だけが問われる。この段階で決まっていたこと、それは施設長である私が新しい施設長へと交代することだった。業界の暗黙のルールだからだ(*1)。
家に帰り私は妻へ「また、転職だよ」とつぶやいた。決まったものは仕方がない。重い気持ちを引きずりながら、新たにインターネットの転職サイトを開いた。
3月に入ると、譲渡先である新会社の役員と人事が現れた。基本的に介護スタッフは6月以降、新会社が再雇用することになっていたので、まず再雇用についてスタッフ一人ひとりと話し合いを始めた。私は、はた目で「最初は自社の事業の方針を説明するのが先だろう」と思い首を傾げていると、面談を終えたスタッフが、続々と顔を曇らせて会議室から出てきた。皆、給与を下げられたからだ。「新会社の給与体系に準ずる」といいながら、新入社員扱いだ。これまでの業務内容や実績が反映されていないのだ。
むごい一部始終だった。私は、地道に作り上げた組織が、むざむざと壊されていくのを見つめるしかできず、深い無力感を味わった。
*1 例えばコムスンの有料老人ホームも、譲渡先のニチイにより施設長はほぼ全て交代した。