[社会] 不安を受け止める介護こそ必要
──遥矢当
本当に望むものを聞き出せてこその介護
「面談の待ち合わせは、有料老人ホームのロビーでお願いします」─入居申し込みをした家族は、電話で私に伝えてきた。昨年から、近隣の有料老人ホームで話題になっていた82歳の女性・Aさんが、私の老人ホームへの入所を希望してきたのだ。
彼女はどんな有料老人ホームでも気に入らず、1ヵ月単位で住み替えを繰り返すという女性だった。「若い頃は公務員として働いていた」とのことで、十分な蓄えがあり、どんな高額なホームでも涼しい顔なのだそうだ。
ただ非婚のためか親類縁者に乏しく、姪が身の回りを世話しているとのことだった。
私は、若い女性スタッフに「こういう女性は、どんな老人ホームだったら納得できるんだろうね?」と聞いてみた。すると、「彼女が本当に望むものを、聞き出せていないからじゃないですか」と答えが返ってきた。私もそう思った。そんな彼女の経歴を聞いていて、上野千鶴子(東大教授)が提唱する「おひとりさまの老後」を先取りするような気がした。
私は、Aさんが入居後わずか2週間で退所を決めた有料老人ホームへ面談に出かけた。高額な入居費に相応しい内装だった。彼女はこの豪華な老人ホームでも納得できないのだ。
Aさんが求めるものが「豪華さ」ではないのなら、彼女の心を開くチャンスはある。成功すれば、スタッフにとって大きな自信に繋がる。私は、そんなことを思いながら、ロビーで彼女を待っていた。
彼女は間もなく、姪とゆっくりと現れた。私は最初に「このホームでの生活に、どこが不満なのですか?」と尋ねた。すると「自分が思う通りにならないから、退屈なの」と曖昧な言葉が返ってきた。
これで私は確信した。Aさんは「世界で一つ」だけのサービス、自分とゆっくりと向き合ってくれる人と出会える環境が欲しいのだ。彼女は、気持ちが満たされたいのだ。
「ハッキリ言って、今の環境よりは生活のレベルが落ちますよ」─私はホームの現状を率直に彼女へ伝えた。彼女と姪は揃ってうなずきながら、「今より思う通りになればいいの」とつぶやいた。
彼女は、私のホームにも見学に来て、すぐ入居を決めた。しかし、彼女の気持ちを満たす術が介護スタッフに見つかるのかは、不安だった。