[情報] 新春特集 対抗運動は、政権交代にどう対応するか?
──対談:市田良彦、生田武志
流動化する政治と運動
昨年最大の政治的事件は、何といっても政権交代。今後、自民党の分解、民主党内の路線対立、保保大連立など予断を許さない事態が次々と起こってくるだろう。政治の流動化は、幕が開いたばかりだ。
しかし、こうした政治劇場の観客・評論家であってはなるまい。新政権が打ち出す政策・方針に一喜一憂し、受け身で振り回されるのではなく、政治の流動化に実践的・能動的に介入しながら新たな可能性を見つけ出す。自らを再生産し、強化する社会運動へと脱皮することが求められている。社会運動の側にも全体性・政治性が求められる時代となったのである。そうした意味では、しっかりした陣地を形成し、強化していく戦略を持つことを、時代が我々に要求している。
2010年年頭にあたり、「対抗運動は、政権交代にどう対応すべきか?」との特集を組んだ。メインは、市田良彦さんと生田武志さんの対談である。政権交代への期待感と警戒感が交差する中、当分続くであろう政治的混乱を、どのように現状変革のための運動の強化に生かすのか? 評価や見通しも含めて、突っ込んだ議論となった。
フリーターユニオン、シングルマザーズフォーラム、障がい者解放運動、沖縄。各戦線からの報告とともにお届けする。抵抗運動は、政権交代のもとで模索期に入りつつある。こうした議論こそ次の飛躍への跳躍台を準備するものだ。(文責・編集部)
悪化する現実
編:政権交代から4ヵ月を過ぎて、少し民主党政権の政権運営の手法や方向性も見えてきました。新政権への評価からお願いします。
生田:失業率の悪化はご存じのとおりですが、生活保護受給率も急激に上昇しています。生保の受給は9割以上が母子家庭と障がい者・高齢者でその他の世帯は1割以下だったのが、一般世帯や20〜30才代の若者層の受給増加が顕著です。例えば大阪市内では、毎月3000世帯が新たな受給対象となっています。逆に言うと、生活保護が機能しないと月に3000世帯が野宿に陥るという危機的状況です。
生活保護が機能しているのはもちろんいいことです。しかし、生保が「最初で最後」のセーフティーネットになっていて、他の安全網がほとんど機能していないのが現実です。社会全体の貧困は、明らかに悪化しています。
こうした現実の中で新政権を観ると、生保の母子加算の復活やワンストップサービスの新設など、自公政権時代にはあり得なかった施策が打たれています。しかし、こども手当を別として全体的にみると、細部の修正に留まっているという印象は拭えません。
根本的には、@非正規雇用をどうするのか?A家族システムをどうするのか?という社会構造の根本に踏み込む改革がなければ、日本の貧困問題は解決しません。
新政権がここに踏み込む決意があるのかどうかは、全く見えません。「事業仕分け」で、税金の無駄遣いをなくすことは結構なことですが、当然、限界は見えている。金持ちからきっちり税金を取らないと、しっかりした施策は打てないとみんな感じているのに、所得税や相続税を以前の税率に戻す議論はなぜか出てきません。疑問です。
戦略目標もった社会・政治闘争を
市田:@新政権が、どんなことができるのか?という外側からの観察・評価の部分と、Aこちらがどんな方針をもって、どんなふうに今の政治状況に踏み込むのか?という方針の部分は、区別しなければなりません。
まず、Aの我々の方針の部分から述べます。現在、最も重要な課題は、派遣法改正問題です。絶対必要な改正です。しかし将来の日本社会を考えた場合、派遣労働を禁止して完全雇用を目指すのか?といえば、無理です。すべて正規雇用にしろという方針を掲げた場合は、はじき飛ばされる層が膨大に生みだされることを覚悟しなければなりません。全員正社員化の方向で雇用問題は解決しないのです。
欧州の反失業運動は、「もう完全雇用を目指さない」と腹を括った運動です。社会民主主義政党が目指していた「完全雇用」要求と決別し、その代わりに要求しているのが、ベーシックインカムです。
こうした思い切った転換は、日本の対抗運動にも必要になってくるでしょう。「雇え!」に代わる大きな目標として、ベーシックインカムやそうした機能を持たせた生活保護制度運用の要求こそが必要だと考えています。
いずれにせよ戦略的な目標が必要で、その戦略に沿って様々な施策要求や社会運動を組み立てていくべきでしょう。そうした観点から新政権を観ると、ある程度使える要素はあると思います。
鍵となる派遣法抜本改正
次に、外側から観た民主党政権の評価の部分を述べます。私は新政権を「民主党政権」とは思っていません。民主党は、政党としての路線的実体も組織的実体もないからです。今は、その危機感が議員を結束させているだけです。
亀井のような日本版ケインズ主義者をはじめ、新自由主義者から社民党的なものまで含む連立政権が全体として政権を担っている、と観た方がいいでしょう。つまり、政党再編を含め、どうにでも動きうるということです。
新政権は、派遣法の改正は必ず一定やるでしょう。完全雇用を目指す旧ケインジアン的な勢力も、反貧困・反失業に同調する左派的政治勢力も共同できる課題だからです。
どちらにも動きうる不安定な状態だからこそ、反貧困・反失業を闘う勢力は、目指すべき社会のイメージを創りながら、大きな目標に沿って「獲れるモノは獲る」という強かさが必要です。
湯浅誠氏の政権参加
編:湯浅誠さんが内閣府・国家戦略室の政策参与に入りましたが…。
市田:一緒に運動をやっている人たちの中には、「個人の選択だからいいんじゃない」と冷ややかに観ている部分もあったようです。でも、それは違うと思いました。
つまり、政策を作り実行する部分は政府や民主党が担い、湯浅氏は運動の窓口としてパイプ役を果たすだけ、というのは最悪の役回りです。むしろ、湯浅氏の周りにある種の圧力団体を作り上げて、「これをやれ、あれをやれ」というふうに、対抗運動側の政策を押しつけるような動きが必要だと思います。政治家・役人相手の一種の団体交渉的な場を、彼を通して作るという方向で考えるべきではないかと思っています。
生田:湯浅氏は10年以上野宿者支援に取り組み、人格的にも立派で、人的ネットワークも豊かです。だから、反対する理由は見つかりません。
市田:無論そうですが、運動を代表して発言してもらうだけではダメで、具体的に政府にやらせることを指示できるくらいにしないとダメでしょう。そのための組織作りがポイントになる気がします。サポート体制を作るのは当然ですが、それは、運動側の主張を言うだけでなくて、具体的に政策を実行させるための組織であるべきです。
ワンストップ・サービスの新設は、その一歩となりました。弁護士会の協力も得てくり返し実施し、拡充していくべきです。出口調査を実施し、その結果を根拠に新たな施策を提案し、実施させるというサイクルを作れれば、大きな結果を生むことも可能です。この出口調査は今、労組等がボランティアでやっていますが、制度化して、役所から人と金を出させてやらせればいいのです。
差し迫った問題として、昨年「派遣村」の成果として勝ち取ったシェルターの確保があります。これを、空いた公営住宅を恒常的に提供させる方向にもっていく必要があります。しかしこれには、自治体の非協力という抵抗があります。そういうところにこそ、政府に上から圧力をかけさせればいいのです。
今後、民主党・政府と様々な駆け引きもあるでしょうが、大きな方針を持っておいて、それとの兼ね合いで何を獲って何を諦めるか?を一つ一つ決めればいいのです。こうした余地が新政権のもとでは生まれています。
反貧困運動の停滞?
生田:反貧困運動の盛り上がりが言われ、事実、全国で反貧困ネットワークの立ち上げが続いていますが、ぼくたちが参加している大阪でも、自分たちの力不足はありますが、運動団体のネットワークは必ずしも機能していません。現実はより厳しくなっているのに、運動としては盛り上がらないという状況です。
編:政権交代と関係ありますか?
生田:自民党政権が続く中、企業による労働者の「使い捨て」「使いすぎ」が極点に達し、しかも「骨太方針」の社会保障費2200億円削減のように、行政の生活保障制度が崩壊するという危機感の中で、「ここで立ち上がらなければ」と運動が盛り上がった面があります。しかし、民主党政権になって、反貧困運動の成果が政権に取り入れられることで、特に地方では運動の展望が見いだしにくい状態になっているように感じます。
市田:民主党は、年越し用のシェルターとしてオリンピック村に1500室を用意しました。「派遣村を再現させない」代わりの譲歩です。確かにこれは運動の成果なのですが、獲れたことで逆に運動が静まったりバラけたりすると、次に続かないので、結局1回かぎりになってしまうという危険もあります。
生田:やはり、運動全体として「こういう社会を作るんだ」というビジョンが必要です。そうでないと、条件闘争である程度獲得した時点で運動が停滞してしまいます。今、私たちはその入り口に立っているのかも知れません。
市田:昔で言う「戦略的路線」が必要な時代になったということでしょう。