[社会] 「政権交代」で福祉現場はどう変わるのか?
──遥矢当(はやと)
これからの介護施設を考える
私は取材活動のために「あすなろ」に関する情報を集めていた。ところが、思うように情報が集まらず、苦戦を強いられてしまう。普通、介護施設は入居者を集めるために、様々な営業活動やPRをするものだ。だから、施設のパンフレットや資料などは、連絡一つですぐ入手出来るはずだと思い込んでいた。
ところが、「あすなろ」の場合は違った。自宅宛に請求したパンフレットが、1週間以上届かなかった。私は「介護施設を探している家族だ」と電話し、見学を申し込んだ。
日野市は多摩川を挟み、ほぼ全域に渡って丘陵地にある。正面の入り口に立つと、高齢者専用賃貸住宅と特別養護老人ホームの建物が左右にそびえていた。
まず、高齢者専用賃貸住宅を見学した。私が着いたのは、入居者の昼食が終わって間もない時間だった。私を出迎えた男性は、事務職員だと名乗った。「今日は営業がおりません」とことわった上で、「これから見学者が来ます」と、数箇所へ内線を掛け続けた。介護施設ではよくある場面である。事務職員は施設の概要を話し始めた。
空き居室があるという2階に連れて行かれた。ただ、ここは住むことが中心となる「高齢者住宅」なので、一般の老人ホームで観られるようなレクリエーションなどの活気はない。居室の中は18u程のじゅうたん敷きで、家具類は全て自分で用意するルールになっている。高齢者住宅は月額費用(あすなろの場合、諸費用込みで12万円以上かかる)を見ると、良心的とは言いがたい。
介護に不安の少ない高齢者が高齢者住宅に住み替えると、一般の賃貸住宅で暮らしてきた時よりも費用の負担が増えてしまう。介護保険の自己負担分を含めて、費用負担が重い。結局、高齢者の老後の不安は、生活資金の確保の成否に尽きる。今の社会は介護を受けるため、お金があっても不安が尽きないのだ。
見学で建物の中を行く私と行き会った職員は、皆一生懸命に施設の説明をした。しかし、事務職員に施設を運営している「コーワ薬品」について質問すると、彼は顔を曇らせた。会社から指示されていて、答えてはいけないかのようだった。「大丈夫です。施設の運営については真面目な会社です」とだけ答えた。
職員を犠牲にした事業
「あすなろ」は、ほとんどの居室が高齢者でほぼ埋まっていたから、経営は安定している。私は面接に来た男性2人が、ここにたどり着くまでに、本当に努力しただろうと思った。オープンから2年で現在の安定した運営になったのだから、通常より早く安定期を迎えている。これは職員の大きな犠牲が払われた代償で、毎日休みも無くデイサービスの利用者を出迎え、夏の暑さの中で営業活動を続けた結果の結晶だろう。
しかし、彼らが介護の仕事で充実感を得られなかったことについては、「あすなろ」は罪深い。ここにこそ、経営者の本音が見え隠れする。
介護施設は、高齢者の介護が滞りなく行われるだけでは不十分だ。介護事業を持続させる使命と、勤める職員の生活を守ることが求められるのだ。今、「あすなろ」に勤める職員も同じ苦労をしているのか。私はそう思いながら職員一人一人の顔を見て、施設を後にした。