[社会] 遙矢当/トラブルに学ぶ
トラブル続きのBさんの死
「これで叔母から電話がかかって来なくなるかと思うと、少しホッとした気がします」─夏の終わりに東京都杉並区にある斎場で、Aさんが私に話しかけた。
亡くなったのは、私の施設に入居していた精神障害を持った82歳の女性・Bさんだった。彼女は7月に入り脳梗塞を起こし、脳外科へ救急搬送された。すぐに手術を受け、経過も良好で退院も近づいていたが、病状が急変し、亡くなってしまったのだ。
半年あまりだったBさんの入居中は、施設内で様々なトラブルが起きた。Bさんは、精神病ゆえに若い頃から親戚一同に疎まれ、夫にも先立たれて身寄りがなく、姪御さんのAさんが身元引受人になっていた。Aさんは、看取りきったという達成感からか、表情に清々しささえ見せていた。
Bさんの入居は、今年の春。彼女は長く精神科病棟に入院していたが、症状が安定してきたとのことで、退院を迫られていた。そこで成年後見人の司法書士が、私が勤務する施設を探し出したのだ。
高齢ゆえに独り暮らしは難しく、特別養護老人ホームなどでは、Bさんのような女性はなかなか受け入れてもらえない。私は、入居前の面談のため、彼女がいる精神科病棟を訪ねたが、暴力的な行為や自傷行為などで危害を与える可能性は低いと判断し、受け入れを決めた。
彼女は人懐っこい表情で、すぐスタッフの間で話題になった。しかし、施設での生活は、独り暮らしのような自由がないので、頻繁に事務所を訪れ、様々な要求をした。
まず、電話だ。おびただしい回数と通話時間。簡単な用件なら、入居者に電話機を貸していたので、彼女にも貸したのだが、彼女は数十の電話番号を記憶しており、早朝・夜間を問わず、親戚や司法書士に電話をかけまくった。
おかげで、事務所職員や生活相談員は、回線を彼女に独占されて、電話がかけられない状態になった。また、近隣から「いたずら電話はやめて欲しい」等の苦情も入ってきた。
彼女は買い物が大好きで、常に買い物目的で外出しようとした。お菓子・ジュースだけでなく、洋服やアクセサリーも買い続けた。金銭は成年後見人預かりで、彼女に手持ちの現金はなかった。しかし、彼女には夫の遺産が多くあり、経済的には困らなかった。このため、電話をかけてタクシーを呼び、お金を外出先で借りてでも買い物に出かけようとした。
薬の影響で、彼女は長い距離の歩行が難しく、玄関を出るとすぐによろけてしまう。仕方なく、玄関の施錠を私が管理せざるを得なくなり、施設が閉鎖病棟のようになった。Aさんによると、Bさんの買い物ぶりは地元のデパートでは有名で、警察からも連絡が頻繁に入ったそうだ。