[反貧困]若年化する過労死
はじめに
「若い人たちが命がけで働かされてる。息子の労災認定は、こうした若い人の命を守るためです」─東田京子(仮名)さんは、息子の直さんを失った。02年3月に社員寮の自室での自殺だったという。
若年過労死・過労自殺が頻発している。若年過労死からみえてくる過酷な職場の現実とは?「もう一つの働き方」を構想するための、正社員の長時間労働、過労死・うつ・自殺の問題を考えるシリーズ。働くことの意味や生きる意味をより深く考える機会としたい。(編集部・山田)
ウツが蔓延するIT職場
システムエンジニアだった東田直さんは、大手ソフト開発会社で、医療事務システムの操作マニュアル作成などを担当していた。直さんが働いていた職場には今もウツで休職している人がいるという。
直さんは大学院修士課程を修了後の2000年に入社したが、1年目くらいから会社の業績不振やリストラを苦にして、「酒を飲まないと眠れない」などと周囲に訴えていたという。02年1月、精神科医に「ずっと重圧を感じていた。死への願望がわいてくる」と話し「抑うつ神経症」と診断された。知人に送った電子メールにも「ただただ忙しいだけ。肉体的にも精神的にもくたくた」と記している。仕事は午前8時ごろ出社し、午後10時を超えて帰宅する日が多く、自殺前7ヵ月間の時間外労働時間は月平均60時間を超え、自殺前1ヵ月は徹夜を含め180時間を超える時間外労働をしていた。
過労が原因だとして遺族が出した労災申請について、いったん申請を棄却した厚木労働基準監督署は、行政不服審査判決直前に、あらためて労災と認定した。 自殺する直前1ヵ月の残業時間を会社の説明を踏まえ117時間とみなしていたが、再調査で159時間に上っていた実態が判明したことなどから認定を見直した。
経験ない新入社員に激務
「24才の健康な青年がたった半年でうつ病にかかり、命まで落とさなければならなかったのか」息子を自殺でなくした清川さんは怒る。
清川圭さん(仮名)は、大学卒業後の1996年4月、コンピューターシステムの開発などを行う同社にシステムエンジニアとして入社した。やがてストレスでうつ病になり、同年9月に東京都府中市内の団地で飛び降り自殺した。
遺族は労災認定を求める裁判で、「十分な研修を受けずに難度の高い仕事をさせられて強いストレスを受けていた。会社側は体調の変化に気付いていたはずなのに、業務を軽減するなどの対策を講じなかった」と主張。会社側は「長時間勤務や過重な労働はなかった」と反論した。
圭さんは数学科を卒業、コンピューターにはほとんど触れていなかったが、会社案内のパンフレットや説明会で「経験がなくても初心者からていねいに教えます」と言われ、安心して入社したという。
ところが、研修期間が3ヵ月から2ヵ月に短縮され、知識も理解もないまま、すさまじい仕事の嵐の波にのみこまれてしまう。体調を崩し、メンタルヘルスの対応もなく長期休暇ももらえないまま、いったん退職届を書く。ところが上司から退職願受理後に「9月いっぱい働くと雇用保険が出るから30日まで出社するように」と言われ、うつ病が進行し、判断力もないまま業務を続行。会社からの帰宅途中に自殺した。
ひとりの過労死の背後には、何人もの過労死予備軍がいるといわれている。特にシステムエンジニアは、頻繁な仕様変更と納期に追われ、納期前の超長時間労働が、常態化している。「できる奴ほど潰される」という格言もあり、若手技術者を使い捨てる典型的職場と化している。