[情報] 書評『朝鮮戦争の社会史 避難・占領・虐殺』
──評者:井上 淳(尼崎市)
国境を越えた階級的な闘いのために
私たち日本人にとって、解放後の朝鮮半島情勢、とりわけ南北分断独立と内乱に等しい激しい左右抗争、そして朝鮮戦争の勃発から休戦までについては、これまで在日の作家や研究者、また韓国や共和国で書かれた本、そして完全に米軍サイドの威張り本など、様々な資料が提供されているが、隠蔽されてきた事実も多かった。
朝鮮戦争は犠牲者が310万人、戦争による離散家族1千万人、また同じ民族同士が殺しあうという異常な戦争なのに、多くの事実がベールに包まれていることを、どのように捉えたらいいのか。
戦争から半世紀が経っても、なお休戦状態が継続され、近隣友好どころか「仮想敵国」視が横行し、朝鮮半島・民族自体が「とんでもない国・民族」と揶揄され差別されている異様な環境をどう考えるのか。
本著は昨年10月、世界的金融危機のさなか、韓国の1959年生まれと言う気鋭の研究者、金東椿さんの筆によって刊行された。
衝撃的な朝鮮戦争の真実
著者はこれまで私たちがたびたび目にして来た、ありきたりの「朝鮮戦争本」や「北が、南が」などという戦争解釈にまったくこだわらず、最新の資料と現地での確認によって朝鮮戦争とその前後に何があったのかを明らかにした。彼は過去の、また現在の「北」も「南」も肯定せず、これまでの「通史」とも無縁である。前提条件なしの書き下ろしなのだ。事実・史実をもって、しかも人々の目線からの、南北分断、内部での政争、朝鮮戦争前後の社会情勢の分析には、凄まじいまでの力のほとばしりがある。
それゆえに新鮮であるし、あからさまになった真実は衝撃的であり、読む者に重くのしかかり、打ち据える。とりわけ「麗順事件」など私たちが知らなかった、また知らされて来なかった米軍と右翼西北青年団、親日派による虐殺にも鋭くメスを入れ、李承晩政権の本質に迫る叙述は、鳥肌を覚えるほどに厳しく、辛く、そして素晴らしいものがある。読者はそれ以上に、同じ民族の間における非人間的な、悲惨な内戦の恐ろしさを改めて知らされるだろう。
李承晩政権が人民軍の急激な南下に真っ先に逃亡し、ソウルの軍民が避難しないうちに漢江橋を爆破して退路を断った事実や、同政権が米軍に依拠しつつ、かつ軍も警察も官僚も親日派で占められていたことなど、これまで知らされてきた解放後の朝鮮像、また朝鮮戦争のイメージとは違う姿を改めて教えられた。
「この作業を進めながら理性的で冷静な研究者としてのバランス感覚を維持することができなかった。悲しみと憤りが科学的な推論を圧倒したし、誰かがきっと始めなければならないという内面の声が筆者を駆り立てた。戦場で無念にも死んでいった者たちが夢にも現れ、飛び起きることもあった」―筆者は「はじめに」でこう書き記した。この本は真に「慟哭」の書である。
今、戦争体制化が進み、私たちが憲法改悪阻止の闘いと、米軍再編=日米軍事一体化との闘いが要請される中、戦争とは何か、東アジアの平和とは何かを鋭く問いかけている。アジアの人々との連帯、国を越えた階級的な闘いの構築とその展望を考えるならば、私たちはこの「朝鮮戦争の社会史」を根底から学ぶ必要があると考える。
机上の、そして現実を見ない観念的な理解からは何事も進まず、なにも作れない。そのことを忘れたら、この苦難の歴史を乗り越えてきた、朝鮮半島の人々と、今なおこの日本で、辛苦を飲まされ続けながら闘う、在日の方々との連帯などあり得る筈もないのである。