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更新日:2009/06/07(日)

[情報] 書評「闘争のアサンブレア」
──評者:藤井枝里

自立性 自分自身の身体の取戻しから

この本を、帯の謳い文句や表紙のデザインにつられて、「ちょっとカッコイイ運動が起きているどこかの国の、いつかの話だ」と思って読んだりしてはいけない。前書きにあるように、本書は、『アルゼンチン、社会の実験室』というタイトルで5年前に刊行予定だった。翻訳作業の遅れが原因とはいえ、しかし、これはいま世に出るべきものだったのだと私は思う。

昨年、東京・品川の京品ホテルが労働者たちによって占拠され、「年越し派遣村」が正月の報道を埋め尽くす中で2009年を迎えた日本は、「アルゼンチンと冠する必要すらもはやなく、ただ『闘争のアサンブレア』と題すればそれで済むという今日の日本におけるこの現実を心から祝福したい」と筆者が述べる、その通りの状況なのだ。

本書は、前著『闘争の最小回路─南米の政治空間に学ぶ変革のレッスン』(2006年、人文書院)で知られる廣瀬純と、ブエノスアイレスを拠点に活動する「運動としての調査」グループ、コレクティボ・シトゥアシオネス(以下CS)の対話の記録である。

驚くべきは、メールという手段を用いたこのインターネットごしの対談が、当時まだ両者が顔を合わせていなかったにもかかわらず、しかも2003年時点で、これほどの鋭い現状把握と抜群のセンスをもって実現されたことだ。この年の複雑さを本書にならう形でいえば、2001年末の資本制の経済的・政治的破綻から民衆蜂起、そして2002年のさらなる景気低迷、社会混乱(のただ中で取り組まれていた様々な自律的運動の試み)を前に、当時のキルシネル政権が「制度的正常」と「ふつうの資本主義」を取り戻そうと躍起になっていた、そういう時代性が背景となっているのだ。

対話は、先に触れた民衆蜂起の意味を問うところから始まる。ここで突き付けられた「NO」が、単に「資本主義的な経済システムを変えろ」という要求ではなく、代表制政治システムそのものに対するものであったということ、さらに続く各章で述べられるような一連の新たな運動の特徴である自律性への志向、そしてラディカルな主観性が創り出される起点となったことが強調される。

幹線道路をピケット封鎖して商品流通を切断、政府からの給付金を獲得して自分たちのバリオ(近隣地区)で民衆教育や医療プロジェクトを進めるピケテロ運動。閉鎖された会社や工場を自主運営し、市場を介さないオルターナティヴ経済を試みる回復企業。国家/市場の外に公共空間を生産し、政治をバリオの手元に取り戻すアサンブレア(水平的・自律的集団性)運動。軍事政権期に大量の「行方不明者」を出しながらも政治的に恩赦されていた軍人たちに対する、地域ぐるみの真相究明と正義要求を行うエスクラチェ。

これほど多様な取り組みの中、一貫して語られる言葉がある。それは「自律性」だ。CSはこれを、「国家や政党からの自立や、単なる拒絶として捉えてはいけない」という。「自律性とは、自分自身の資力を、自分自身の身体を、自分自身の生を、思考し行動することの主権的領土とするような存在様態でもあるということです。自己組織化とは、とりわけ、主観的な自己構成のことを意味しているのです」(CS)。したがって、むしろ主観性の「相互依存」の様々な関係性・あり方が描き出されるのが、本書なのだ。

最後に、ブエノスアイレスの一住民として言っておきたいことがある。アルゼンチンの人たちは、そんなに、すごくない。皆おしゃれで美人なクリスティーナが大統領になってまんざらでもない様子だし、集会やデモがあるたび近所の人は文句を言っている。

本書を読む際に気をつけたいのは、随所に書き落とされるコンフリクト(衝突、不一致)を、ラディカルな興奮で紛れさせてしまわないことだ。アサンブレアの中にも、権力を握ろうとする人はいつだっているし、時計の針をひたすら眺めて終わりを待つ人もいる。

アルゼンチンが「すごい」とすれば、それは日本で行われている取り組みと同等に「すごい」のであって、気付いてみれば、本書で語られる言葉は、日本に生きる私たち自身のものなのかもしれないのだ。

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