[社会] 遥矢当/お金が生む欲望で老後が左右される時代
将来の不安はお金では解決しない
「これ以上お袋の介護でお金が出て行ったら、私たちの生活が破綻してしまうんです」──夜が更ける介護相談室で、老夫婦はため息をついた。もう有料老人ホームに支払うための資金が底を尽いたため退去したいと申し出てきたのだ。
立春を迎えて、95歳になる夫の母・Aさんを私の施設に預けるこの夫婦は、日曜日の夜に「至急会って欲しい」と連絡を取ってきた。サラリーマン生活に見切りをつけ、写真店を営んできた夫婦は、昨年の金融不安の影響からか、家計が逼迫してきたという。社会全体を飲み込みつつある「津波」が、ついに私の仕事にも襲い掛かってきた。
まもなく100歳の大台を迎えんとするAさんは、私の施設に入居した最初の入居者だ。入居して5年が経っていた。
普通、90歳を過ぎてから有料老人ホームに入居するのは、すぐに退去ないし死亡されるリスクから、運営側が遠回しにお断りするケースもあるので珍しい話でもある。私も「よく入居してもらった」というのが正直な感想だ。
ところがAさんは、周囲の心配をよそに、なお壮健な姿を披露して驚かされるばかりだった。彼女は、心の奥底で誰に言うともなく、私の施設を終の棲家とすることを決めていた。スタッフからそう聞かされていたのだ。
私は、そんな彼女の気持ちを踏まえ、施設を退去するということになれば、さぞや悲しむと思われたので出来る限り引き止めることにした。「確かにお気持ちも分かります。けれど、こちらで過す日々も、失礼ながら申せば、限りがあるものです。それを踏まえても難しいのでしょうか」。こんな時私は、経営を度外視して話してしまう。やはり、人の死を目前にすると、損得勘定では割り切れない心情が湧くことを知っているからだ。けれど、老夫婦の夫は続ける。「その数年間だけでも、お袋の介護に掛かる費用が、私たちの生活を逼迫させるんですよ」と。