[社会] 「治安悪化」という神話
グローバル化する厳罰化とポピュリズム
「日本の治安が悪化した」と感じる人が1990年代後半に入り、8割を越え始めている(内閣府等の世論調査)。テレビ・新聞でも「凶悪犯罪」「凶暴化する少年犯罪」などの文字が躍る。
2004年犯罪被害調査でも75・5%の人が「治安が悪化」と回答しており、同様に80%を越える人が死刑制度の存続を支持している。
こうした世論を背景に、警察庁は2003年8月「緊急治安対策プログラム」を発表し、冒頭「平成14年(ママ)の刑法犯認知件数は285万3739件と7年連続で戦後最多を記録し、刑法犯検挙率は過去最低の水準となっている」と大いなる危機感を示した。その上で同年を「治安回復元年」として「危険水域にある」治安回復のために「3年程度で日本の誇る治安の復活をはたす」と大見得を切ったのである。
同様に自民党も「5年以内に…治安の危機的状況から脱却」する、そのために「5年で不法滞在外国人を半減」「空き交番ゼロ」にするなどと、鼻息が荒い。でも本当に治安は悪化しているのだろうか?(編集部 山田)
提示される「偽りの現実」
殺人・強盗などの重要犯罪、近年とみに注目度の高い少年犯罪・外国人犯罪について、警察白書、犯罪白書などから事実を拾い出してみると、やっぱり「治安悪化」は神話に過ぎないことが明確になった。
図@を見て欲しい(WEB版では非公開とさせていただきます)。殺人の認知件数・検挙人員と人口10万人あたりの比率の推移だ。殺人は、敗戦直後急増し、1950年前半をピークに減少している。確かに90年頃から微かに増加傾向は見て取れるが、2005年からは、再び減少に転じている。
殺人の認知件数や人口動態統計における死因統計のどちらを見ても、暴力による死亡人数は、1950年代半ばから一貫して減少している。つまり、治安は一貫して良くなっているのである。
じゃあ警察庁のいう「刑法犯認知件数が戦後最多を記録」というのは何なのか?さっそく検証してみる。
確かに一般刑法犯は近年急増している。しかし、増加傾向にあるのは窃盗犯だけだ。とくに自転車盗が急増部分で、これらを除外すると全体としては微増にすぎない。つまり、警察や自民党が騒いでいる「治安悪化」とは、自転車ドロボーが増えてるだけなのだ。
念のために殺人以外の凶悪犯も見てみると、強盗は急増している。これは「治安悪化」の根拠となるだろう。テレビでもコンビニ強盗事件がよく報道されている。
ところがこれも神話。「ひったくり」や「集団でのカツアゲ」が統計上「強盗」事件のなかに組み込まれるように分類が変更されたためだ。「カツアゲ」が大した犯罪じゃないと言うつもりはない。しかし「強盗犯」の急増の原因は、統計数字の操作によるものなので、治安悪化はこの点でも神話だといえよう。
逆に、警察が危機感をもつべきは検挙率の急降下だ。これは、ほぼ窃盗犯検挙率の低下に相当している。警察は、90年前後に犯罪捜査方向の路線転換をしたと言われている。全般的な捜査力の低下を前に、軽微な余罪の追及には人員を回さず、凶悪犯の検挙に重点化したのである。
これには、別の背景もある。この頃、警察は不祥事の頻発で世間の批判を浴び、存在理由が厳しく問われたである。
大阪とばく遊戯機汚職事件 (1988年)、神奈川県警本部庁舎談合疑惑(88年。談合で入札業者が決まっているとの情報通りの企業体が落札)、警官拘置女性強姦事件(88年、静岡県三島署)、強盗警官(福岡県警)などの他、飲酒当て逃げ事件、拳銃暴発事件などを起こしている。
全般的な捜査力の低下とともに不祥事の続発で批判された警察は、これらを棚に上げて、「犯罪急増!」「治安悪化!」を言い募り、「予算と人員を増やせ!」と要求したのである。「治安悪化」の神話は、警察批判をかわし、予算増額のためにねつ造されたレトリックである。