[反貧困] 非正規労働運動への提言
「幸せになるための条件」突きつけ、敵対の政治を!
市場原理主義を掲げ規制緩和を強力に推し進めてきた自公政府は、新自由主義「改革」に耐えきれなくなった人々の抵抗もあって、今、「再規制」・「再調整」の時期に入ってきていると思います。
こういう時期は、あまりに酷い目にあったので、ちょっとした補償や手直しがあると、不満がガス抜きされてしまう危険もあります。
こうしたガス抜きを繰り返している政府・財界は、まるでエゲツないパチンコ屋のようです。ちょっと釘を広げて玉を出しては、金を突っ込ませ、結局はすってんてんになるまで搾り取ります。
日雇い派遣などは、原則禁止が当然のことで、やられた側がこうした原則を打ち出し、主体と主導権を確立していくことが重要です。「再規制・再調整」は新自由主義にとってプラスになる限りにおいて実施されていくということを、改めて確認すべきです。
具体的なモデル打ち出せるか
フリーターやワーキングプアといった、どうしようもない生きづらさを強いられている人々による抵抗運動は、現代的な敵対関係を見事に浮き彫りにする政治性を持っています。この敵対関係を基礎とした条件闘争は、あり得るし、一定の成果も勝ち取るでしょう。
でも、それでも残る問題はあります。かつてのような完全雇用・福祉国家に戻ることはあり得ませんので、一定の正規雇用が生まれても、圧倒的多数は非正規のままで、そこに分断が持ち込まれます。むしろフリーターのままで生きていける社会システム・価値観を含む二重権力状態をいかに作り出すかが、左派にとっても重要なテーマとなるでしょう。
もうひとつの働き方・生き方、そして支えあい方を具体的な社会経済的レベルにおいて打ち出せるかです。例えばフリーターユニオンに参加することで、メンバーは、労働条件の改善のみならず、以前の凄まじい孤独感や徒労感が軽減されていることを感じ取っていると思います。
日雇い派遣のような極限まで流動化させられた労働者は、「正規職への道」などという甘いエサに釣られずに、自分たちのなかに分断を持ち込ませないあり方を獲得できるかが課題でしょう。
ただし、「一生、フリーターでいく」という決意を前提にするような硬直した運動姿勢は、無惨な政治イデオロギーに行き着く可能性があります。無駄な力を抜いて闘わなければ、すぐに疲れてしまうのではないでしょうか。