[社会] 遥矢当/「地域に根ざす」原点忘れた介護業界
総合施設長の更迭
「7月から総合施設長が代わることになったから。まずお前に伝えたかったんだよな」──6月の日曜日。会議室に呼び出された私は、これまで私の上司だった男から、声に力のない告白を受けた。
彼は本社から期待された収支改善が達成できなかったため、更迭の憂き目に遭ったのだった。噂には聞いていたが、実際本人の口から耳にすると空しさに包まれた。
特にリアクションを見せず、頷くだけだった私に彼は、「実は俺、以前から辞めるタイミングを測っていたんだ」と続けた。私としては彼に対する労いの気持ちはほとんど持てず、逆に白々しさが胸に募った。施設の管理者なのに、現場から常に距離を置こうとする彼の襟元を掴んで、介護現場の苦しみや、スタッフの思いを説き続けた私の努力も、水泡に帰したからだ。
管理職をノルマで縛る本社
今私が勤めている東京都中央区の施設には、従業員が100人近くいる。私の上司は2人しかいない。冒頭の施設長と、経理担当の2名だ。
この2人は、本社からの出向で、決裁能力はなく、その都度本社に「お伺い」を立てながら仕事をしていた。結局彼らは、上層部の期待に答えられず、今回お払い箱になった。
そもそも私が今いる会社は、管理職に厳しいノルマを課し続けることで有名な存在だ。ノルマとは、かつてのコムスンのような、具体的な目標達成数値をのような酷いノルマではないが、上層部の計画した収支通りに事業が展開しないと、管理職にそのペナルティが露骨に反映されるシステムになっている。上司の2人は共に家庭があり、折に触れてその厳しさを私に吐露していた。彼らは、ノルマに追われるばかりで、介護に対する愛情は遂に見られなかった。
現在、介護施設やホームヘルパーなどの事業所の多くでは、施設長や管理者は「名ばかり」であることが多い。事業所に常駐している管理職は、本社や法人本部から派遣されるエリアマネージャーのような上位管理職から経営に関する指示を受け、実行することを求められる。自分自身の判断、特に経営的な判断を下せる人物は少数といってよい。
「名ばかり」の彼らは、自分一人しか正社員がいない事業所で、とても一人ではこなせない事務作業をこなし、時には介護現場に出ることもある。 もっとも、この施設のように規模が大きい場合は、管理者が「名ばかり」であることはあまりない。にもかかわらず、あっさりと更迭されたのには私も驚いた。介護企業の本音は、現場で働くスタッフにはあまり届かない。けれど、今回の更迭劇はその本音が生々しく聞こえてきた瞬間だった。