更新日:2007/05/15(火)
[海外] パレスチナ/失敗に終わった米国とイスラエルの挑発
ウリ・アヴネリ(3月17日)
内戦の悲劇
民族統一自治政府が発足して、我々和平派イスラエル人もほっとしている。
パレスチナ人は内戦の危機がなくなったことにほっとしている。共にイスラエルの獄中で暮らしたことがあるパレスチナ戦士が、ガザの通りでお互いを撃ち合うなんて馬鹿げている。占領当局を喜ばすだけだ。パレスチナ人民はこの兄弟殺しに心を痛めていた。
しかし、私はパレスチナが内戦になることは決してないと信じていた。内戦に発展する条件がないからだ。この点では、人種的(アラブ人、クルド人)、宗教的(シーア派、スンニ派)、地理的(北部、中部、南部)に三つに分裂しているイラクとは異なる。
確かにガザでは流血事件が起きたが、これは党派民兵間の争いで、人民は加わっていなかった。この種の対立は歴史的にどの解放運動にもあった。パレスチナ人民の反対が、内戦に発展しない一番の理由であった。
人民はあの一九三六年のアラブ反乱のときの同胞の殺し合いの悲劇を今も忘れない。イスラム法最高指導者ハジ・アミン・アル・フセイニが、ライバルのパレスチナ人を大量虐殺した。実際、反乱の三年間、パレスチナ人は、敵であるユダヤ人と英国人よりも多くの仲間を殺したのであった。
そのためバラバラになり、弱体化したパレスチナ社会は、一九四八年ユダヤ人がパレスチナの土地にユダヤ国を作ろうとして起きた戦争で、有効な指導部形成や抵抗もできず、周辺のアラブ諸国に依存せざるを得なかったのである。人々はそのことを今も覚えている。
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