[社会] 介護職への「甘い罠」
「本日付を以って、懲戒解雇を命ずる」──私は用意された文書を覗き込んで、思わず息を呑んだ。それは、横浜市にある私の会社が運営するグループホームのホーム長が、懲戒解雇された瞬間であった。
彼に同情の余地はなかった。会社の公金を横領してしたのだから。警察が介入しても不思議はない事件だ。しかし、社の上層部は彼の人間性を最後まで信じていたので、懲戒解雇と弁済金支払いというペナルティで、穏便に処理したい考えだった。私が文書の二枚目を覗くと、「弁済額二五〇万円」と記されてあった。横領として、これが巨額なのか小額なのか、私には分からない。しかし、ホーム長を放任し続けた会社上層部の管理責任もある。
事の発端は、初夏のある日彼のグループホームに私が出向いた事であった。事務室の書棚に、介護事業者として準備しておくべき帳票類が見当たらないのだ。小口現金出納帳、事業資金管理簿、そして介護計画に必要な記録類など、全てに及んでいた。
事業所の統括職にある私が書類に目を通すのは、「内部監査」の意味合いもある。私が、「ホーム長、○○の帳簿を読みたいんですが…」と聞くと、「今準備している所です。帳簿は必ず揃えますので」と答えるばかりだった。その落ち着きのない行動が訝しく、それ以上問い詰めることは止めて、上司にありのままを報告した。
ホーム長は、日常業務の中で毎日多額の現金を手にする。入居者から預かった生活資金であるにもかかわらず、「少しなら使ってもバレないだろう」という思いへ変わったのは、何故だろう。
介護事業所の責任者としてストレスのたまる日々。介護の世界は単調な業務が多く、肉体的疲労が蓄積されやすい事は、社会の中でようやく注目され、認識されるようになった。
そして、介護の仕事に就く人たちは「介護の仕事に携わるくらいだから、良い人に違いない」という、イメージを持たれているように思う。私は、それは悪い事ではないが、時々「一部の介護職は、そのイメージに甘えてはいないか?」と思うこともある。今回のホーム長も、人当たりの良い好人物と思われていた。それに惑わされ、不祥事を見逃してしまった。