[コラム] 遥矢当/ラクな介護法求める受講生
厳しいからこそ得られる教訓と感動
「介護に正解なんてないんです」。教壇の上から語りかけると、学生の顔が一斉に上を向いた。東京新宿にある専門学校からヘルパー講習の講師の依頼を受けて、《介護サービスの実際》というテーマで授業を持つことになった。受講生は「えっ」と声を挙げたり、首を傾げたりもした。彼らは二〇代から三〇代前半で、私と歳が近い者も多い。
またハローワーク(職業安定所)と提携して、いわゆる「ニート対策」を実施している学校でもあるので、社会人としての経験がない者もいる、との学校側の説明であった。この学校は卒業後に派遣や紹介という形で、就職のサポートもする学校なので、学校からは「入社に結びつくように会社のアピールもして欲しい」とも言われていた。
私は学生に問うてみた。「皆さんは、このヘルパー講習が終わったら、どんな介護の仕事がしてみたいですか?在宅の介護ですか?特別養護老人ホームのような施設ですか?」少し間をおいて二〇代前半と思える女性が「これから、いろいろ試してみてから考えます」と答えてきた。それは皆を代表しているようにも見えた。受講生たちは、介護の仕事がしたいのではなく、自分の人生の可能性を見出したいのだ。
今回色々思い悩みながら事前の準備を念入りに望んだが、受講生の顔を見た瞬間に思いが変わった。受講生には、介護に対する偏見や固定観念を抱いてもらわないためにはどうすれば良いか、それが今回の私に課せられた使命だとも思えた。
受講生は「こうすれば楽に介護ができます」という答えを欲しがっていたので、「介護に正解などない」という私の話に驚いていた。認知症の介護の事例を紹介しながら「あなたならどうしますか?」と問いかければ、彼らは「その人の気持ちになって考えます」「じっと受け入れます」とか、「気を紛らわせてもらいます」などと、模範解答ばかりなので面白くない。そもそも介護の世界にどこでも通用する正解などないのだ。正当に見えるノウハウといっても解決しないことも多いのが現実だ。