[海外] イラクからきた母親が語る
──宮原文隆
はじめに
三月八日の国際婦人デーに Women Say No to War(女性は戦争に反対!)″キャンペーンのプログラムとして、「女性のための全米協会」、「コード・ピンク」、その他の市民団体がイラクから九人の女性をアメリカに招待した。 今回の戦争で家族を失った二人には米国入国のビザが認められず、七人が訪米した。 二週間の期間、彼女たちはカルフォルニア、オレゴンなど全米八州を巡回した。 その一人、ラシャダ・デイアンさんの講演が三月二五日、エバンストン市のコヒー・ショップPick-A-Cup Coffee Clubで行われた。
ラシャダ・デイアンさんの講演
シカゴ郊外のコーヒーショップ/そこが会場であった/人々は戦火の生の声を聴こうと/集まっていた
その人がとりだしたものは、ラップ・トップ(コンピューター)であった/プロジェクターが、一隅の壁を明るくし/画面にアラビア文字が踊りでて/その人がイラクから来た人であることを/聴衆は、あらためて確認した
その人の声は静かであった/つぎつぎと壁に写しだされる/他国の軍隊に占領される前の風景/チグリス河とユウフラテス河にはさまれた国/古代の遺跡と、近代建築と、寺院と、市井の人々/そして/その人の、その国に生まれたことの誇り/文化財である旧い塔の屋上/そこがあなたたちの国から来た狙撃兵の仕事場になっていると言い/そして、問うた
目に見えるものと一緒に、目には見えない価値までもがこわされていると
その人の目は、遠くを見ていた
破壊された民家を前に立ち竦む男/家々に押し入って来る武装した兵士たち/早朝、寝間着のまま連行される若い女/近代生活から突如、水運びが新しい仕事となった女たち
そして、問うた
どこに、子どもたちが襲われていい理由があるのかと
その人は、壁に写る画像と向き合い、ああと息をついた/聴衆は、その人の背をみながら/その人の顔の表情を想像するしかなかった
傷だらけの子ども
血だらけの子ども
目を、手を、足を失った子ども
そして、問うた
斯くあるこの姿が、自分の国の子どもたちの未来であるのだと