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更新日:2005/02/18(金)

[コラム] 制裁反対を言えない反戦運動は右翼と大差ない
──北朝鮮人道支援ネットワーク・ジャパン 上野さとし

「パイプライン」が切れれば誰かが死ぬ

オチョルはよく泣く、と聞いていたが、それは本当だった。彼が寝ている部屋に我々が入って彼を囲むと、慣れない雰囲気にすぐに涙を流して泣き出し、歩いて保母の元に寄った。幼児が涙を流して歩く、ただその事に私は言い尽くせぬ嬉しさを感じた。

母親は二〇〇一年三月に彼を産んだ時に出血多量で亡くなり、父親も病気がちのため、このピョンヤン市育児院で育てられている。三年前に我々北朝鮮人道支援ネットワーク・ジャパン(略称ハンクネット)が彼に始めて会った際、彼はやはりよく泣いていたが、涙は流さなかった。重度の栄養失調の為、一歳半にも関わらず歩けなかった。体重は六sをようやく越えただけだった。それが我々が昨年一〇月に再度訪問した時には一一sまで成長し、自力で立って歩くまでに快復したのである。

朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)では一九九五年の大水害以来大規模な食糧難に陥り、乳幼児や妊産婦、高齢者を中心に栄養失調とそれに伴う結核などの疾病が蔓延した。一九九八年には約六割の子どもが慢性栄養失調だったと報じられている。ハンクネット・ジャパンでは前述の育児院などに二〇〇〇年からこれまで約七トンの日本製の粉ミルクを提供し続けている。オチョルなど、特に衰弱の激しい子どもにミルクは与えられ、結果、劇的に快復する子ども達がいる。日本の政府と社会が過去の自らの愚行を顧みず、アメリカと結託して北朝鮮を脅迫する中、日本人と在日朝鮮人による人道支援は着実に結果を出している。

「困窮した隣人を助ける」人道支援の理念はかくも単純だ。その上で絶対に守るべき事が二点ある。支援を政治目的に利用しない事、そして決して絶やさない事である。各国政府は自らの政治利害から離れ、ここ数年巨額の支援を北朝鮮に対して続けている。最大の支援国は、あのアメリカだ。またその支援で命を繋ぐ者がいる限り、勝手な都合で止めるべきではない。北朝鮮での食糧支援を担う世界食糧計画(WFP)は、各国から提供される支援食糧の流れを「パイプライン」と表現している。支援が途切れることは「パイプラインが切れる」ことを意味する。それは即座に誰かの死となる、かもしれない。

民間支援すら妨害する日本政府

日本政府は二度、この禁を破った。二〇〇一年と昨年、北朝鮮政府が外交で譲歩しないからと言って、WFPに約束した支援を一方的に中断した。そのような態度は、これまでがどうであれ、その支援を単なる外交上の飴に貶めた。人の道などと、おこがましくも言えたものではない。相手を対等の人格として認めず、その弱みにつけこんだ、畜生道でしかない。

しかし日本政府は更に「経済」制裁で北朝鮮を脅している。実施されれば、日朝間の船舶による往来は事実上全面禁止される。日本から支援物資を直接送っている我々のような活動は止められる。我々はパイプラインとして、オチョルなどの命を繋ぐ責任を負っている。日本政府は自らの責任を果たさないばかりか、民間の支援すら妨害しようとしているのである。怒りでこの身が震える。

だが、実際に最も深刻な影響を被るのは、その様な実務面よりはむしろ、信頼関係だ。これ程露骨に敵対的・差別的な態度の中、支援を受け入れてもらうには、時間をかけ、思いを正直に伝え、信頼してもらうしかなかった。制裁はそれを一気に潰す。

そもそも、制裁だの崩壊だのと喚いているのは、私の知る限り、日本とアメリカだけである。中国・韓国は言うまでもなく、EUも大規模かつ先進的な支援を行い、崩壊待望論には明確に反対している。北朝鮮は既に一五一ヵ国と国交を結んでいる。日本政府だけが、強行論を唱えるブッシュに媚びている。この構図は、イラクに先制攻撃を加えた時とさほど変わらない。

しかし、日本の反戦運動は、当時とは全く違う。制裁反対の声も、和平を訴える行動もろくに出てこない。被害者の感情を盾に憎悪をかきたてるものや、制裁で譲歩が引き出せるか云々の功利的な議論ばかりだ。放っておいてもそんな議論は政府がやる。運動にしかできないのは、感情論を乗り越え、人道主義や平和という理念を追求し、長期的展望に立った政策を提示する事だ。日本が支えているミサイルの標的に誰が立っているかを、まともに想像していない。

そこで平凡に生活する人々と出会い、交流しようともしない。だから無責任で功利的な議論しかできない。議論の結果がどのようなものであれ、そんな態度では救う会などの右翼と大差ない。

私は違う。これからも日朝の和解を追求し、北朝鮮の人々と関わり合う。ハンクネットは、人道主義という理念をただ実践するしかない。オチョルが大人になったとき、東海の向こうに何を見るだろうか?日本人が、その運動が未来から試されている。その眼差しは厳しくなるばかりだ。

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