[情報] 「自己責任」より「戦争責任」を問う/きくちゆみ
「自己責任」を声高に叫ぶ人々
イラクで人質になった五人が、無事帰国した。日本中で暖かく迎えられていいはずの彼らに笑顔はない。最初の三人には「自作自演」「自業自得」「自己責任」「救済費用弁済」などの言葉が浴びせられた。これらの言葉の出所は、官邸付近から。自衛隊撤退の世論が広がらないように、政府寄りのマスコミ(読売・産経・週刊新潮など)が、何の後ろ盾もない個人と、その家族を攻撃した。批判の矛先が、自らに向かうことを恐れたからに違いない。
その一方で、「三人を救出しよう」と自ら動いた人たちが全国各地にいた。NGOだけじゃない。一般市民・学生・主婦・サラリーマン・大学教授・ジャーナリスト・アーティストなどなど。連日、国会前やアメリカ大使館に、多い時には一〇〇〇人以上の人々が集まった。署名を集めたり、カンパを募ったり、励ましのメッセージを送ったり、街頭でイベントをしたり、日本と外国のメディアに働きかけたりした。ピースボートの吉岡達也氏は、アルジャジーラ本社のあるカタールに飛び、中東のCNNといわれるアルジャジーラの番組で、三人の救出、米軍と自衛隊の撤退を訴えた。
私は、今回の人質になった人々を批判するすべての人に問いたい。「一体、彼らがあなたに何の迷惑をかけたんですか?無駄な税金を使った?二〇億円ともいわれる救出費用の明細と領収書を出してほしい。一方、全国各地の無用なダムや諫早湾の干拓や長良川河口堰や、六ヶ所村再処理工場を建設し、つぶれかかった銀行や大企業を助けるのに投入される何兆円もの税金には、なぜ文句を言わないんですか?何かおかしくないですか?」と。
五人は自らの意志で、自らの費用で、危険を覚悟でイラクへ入った。政府がやらない人道支援や調査をし、大手マスコミが流さない情報を得るために。米国のパウエル国務長官でさえ「日本は彼らを誇りに思うべき。非難すべきではない」と語った。誰がストリートチルドレンに手を差し伸べる?誰が劣化ウランの被害調査に金を出す?日本政府がやるだろうか?
NGOの活躍と政府の無策
三人は、米国が始めた戦争と、自衛隊の派兵に反対だった。この戦争には何も大義がなかった。米軍の占領は、イラクの一般市民への「抑圧」「監禁」「大量虐殺」に姿を変えた。
「世界にこの占領の実態を知らせたい」「戦争で傷ついた人に手を差し伸べたい」と行動することは尊い。NGOは日本政府よりもはるか前から、本当の人道支援をしてきた。給水活動・医療援助・親を亡くした子どもたちのケア・障害者施設への援助・文化芸術交流、などなど。今回の自衛隊派兵に使われた四〇〇億円よりも、桁違いに少ない費用で。
武器を持ちながら「人道復興支援」なんて、本当にできると思っているのだろうか?自衛隊を派兵したから、日本人が標的になったのだ。日本のNGOは、このことをかねてから主張し、政府に申し入れをしてきた。それが本当になってしまったのが、この人質事件だった。
自衛隊員の持つ銃の矛先は、イラク人に向けられているのを忘れないでほしい。自衛隊が米兵を運んでいることを忘れないでほしい。イラクの人々は「外国の軍隊は本国に帰って欲しい」と望んでいる。「これ以上、私たちや私たちの子どもたちを殺さないで」という叫びが聞こえる。子どもを殺されたお母さんが泣いている。親をなくした子どもが泣いている。
日本のNGOに対するイラク人の評価は極めて高く、高遠菜穂子さんの誠心誠意の活動は、イラクの人々の共感を生んだ。それが彼女たちを救出することにつながった。彼女自身の行いが彼女を救った。そして多くのイラク人が、命の危険を顧みず、救出に動いた。何百人もの同胞がファルージャで殺されている間も。
救出のために、まさに昼夜なく働きかけを続けた日本人も大勢いた。彼らは一円も税金を無駄にしていない。みんな自費だ。高級ホテルにも泊まらないし、高級ワインも飲まない。救出に実質的効果を発揮したのは、市民の国境を越えた連帯だった。日本政府ではない。
メソポタミア文明の発祥地・イラクを戦場にしたのは誰?一体この戦争の本当の目的は何?誰が儲けているのか、戦争費用はだれが支払っているのか(米国債購入に充てられる日本人の貯金)、そして誰が死んでいるのか。七〇〇人以上の米兵と、四万人を超えるイラクの人々の死(ラムゼー・クラーク元司法長官の話)の責任は誰が取るのか。壊された家や町は再建できるかもしれないが、死んだ人を生き返らせることはできない。吹き飛んだ腕や足は、復興しても生えてこない。
劣化ウランで、永遠に汚染されてしまったイラクの空気と大地と水。ここで生きていく人は、健康に暮らせるのか。ここで生まれる赤ちゃんは健康に育つのか。いや、生まれることができるのか。すでに、ガン・白血病・先天性障害・死産・流産の多発が報告されている。湾岸戦争から帰還した米兵の子どもの間にも。その責任は誰が取るのか。米国政府は「劣化ウランは安全」と言う。そして広島・長崎の体験を持つ日本政府も。それがウソであることを、私たち市民は知っている。
国民の命より、米国追従の政府
今、日本が向かいつつある方向を見極めよう。戦争でテロを解決することはできない。イラク戦争は明らかに間違っている。最初はブッシュ大統領にだまされた人でも、イラクに大量破壊兵器がなかった時点で、この戦争に何の根拠もなかったことに気づいたはずだ。そこで日本は引き返せた。しかし、なんと日本は劣化ウランで汚染されたサマワに自衛隊を送った。「イラク特措法」という法律で。しかも「戦闘地域では活動しない」というイラク特措法は、小泉首相の勝手な解釈で反故にされた。政府が自ら定めた法律に従わないのなら、日本はもう法治国家ではなくなってしまう。国会も選挙も必要ない、小泉独裁政権の誕生だ。
政府が私たちの自己責任を問うなら、私たちも年金は払うのをやめよう。政府の閣僚だって払っていない。老後の面倒は政府を頼らずに、自己責任で見よう。「反日分子に血税を使うな」というなら、自衛隊のイラク派兵やイラク戦争に反対の人は税金を払うのもやめよう。首相は、靖国参拝違憲の判決にも従わないという。裁判の判決に従わなくていいのなら、私たちも今後、裁判の判決に従うのはやめよう。国民の命より、米国追従を重視する政府なら、ないほうがいい。
私は世界中を旅した。日本の風土・自然・食べ物が、世界で一番好きだ。日本に住み続けたい。もっとこの国を良くしたい。平和で持続可能な社会の実現に向けて、一歩でも二歩でも歩みたい。