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ストーリー

真珠湾攻撃およびケネディ暗殺事件では1週間後に独立調査委員会が作られたが、あの9月11日テロ事件ではそうはならなかった。

独立調査委員会発足がブッシュ政権の反対と妨害にあったことはほとんど知られていない。調査委員会発足は12家族で構成される「9.11遺族運営委員会」の働きかけによるものであるが、最初のヒアリングが始まったのは、9.11攻撃から14か月後だった。

この12家族は調査委員会委員長に何百もの十分研究された質問リストを提供し、調査活動の監視も勢力的に行った。しかし最終報告は調査すべき疑問の30%しか答えていなかった。

本作品は、9.11遺族運営委員会の主要メンバー5人が初めて自らの信条と活動を語ったものである。大きな議論を巻き起こしたが、まだまだ9.11テロの真相は謎に包まれている。

真実を求める遺族たち

ローリィ・バン・オーケン

「ジャージー・ガールズ」の一人、ローリィ・ケネスヴァン・オーケン。夫は、世界貿易センタービル105階にあるフィッツジェラルド社で働いていた。 彼女は、9/11遺族運営委員会のメンバーとしてミンディ・クラインバーク、パティー・カササ、クリスティン・ブライトワイザー、およびモニカ・ガブリエルらと共に活動している。 ニュージャージー在住、1児の母。


ミンディ・クラインバーク

「ジャージー・ガールズ」の一人、夫は、世界貿易センタービル104階にあるフィッツジェラルド社で働いていた。彼女は、9/11遺族運営委員会のメンバーとして活動している。 ニュージャージー在住、1児の母。


パティー・カササ

彼女の夫も、世界貿易センタービル104階にあるフィッツジェラルド社で働いていた。彼女は、9/11遺族運営委員会のメンバーとして活動している。コルツネック出身の彼女は現在、ニューヨークに今住んでいる。


モニカ・ガブリエ

「ジャージー・ガールズ」5番目の女性とも言われる。夫は、WTC第2ビルにあるアオン社で働いていた。9/11遺族運営委員会のメンバーとして活動。彼女はまたサリー・レーガンハードと共に高層建築安全キャンペーンの副議長である。マンハッタン在住。


サリー・レーガンハード

サリーは、消防士であるクリスチャン・ミハエルオットーの母親であった。息子であるクリスチャン氏は、被災者救出のためWTCに突入し、帰らぬ人となった。彼女もモニカと共に高層建築安全キャンペーンを創設した。ニューヨーク在住。


ボブ・マクベイン

息子・ボビー・マクベイン(26才)は世界貿易センターで死んだ。息子さんはメリルリンチ社の広報担当だったという。事件後、青少年のためのカウンセラーを退職し、フィラデルフィアで居酒屋を経営していたこともある。

カウンセラーとして働いていた郊外にあるフィラデルヒィア病院で彼は攻撃のニュースを聞いた。9/11遺族運営委員会のメンバーではないが、ボブは2002年6月の議会前集会に参加し、その後、調査委員会の公開ヒアリングの傍聴を続けるなど積極的に活動に参加した。妻と共にペンシルバニアで生活している。



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