告発!警察の民族差別・人権侵害

韓国籍と分かったとたん態度豹変

拳銃まで抜いた三重県警(2)

三重・孫 文浩(Son moon ho)

2001年1月25日

通巻1066号

 交通事故で病院にかつぎ込まれたが、応急処置の前に警察の尋問が始まり、韓国籍とわかったとたんに窃盗の疑いで車のナンバーを聞かれたり、飲酒運転ではないのかとの不当な追求を受けた孫文浩さんから、その後の経過が届いた。あまりの暴挙に怒った孫さんは、「お前らいいかげんにしろ」と怒鳴った瞬間、警察官は、拳銃を抜き、銃口を向けたという。
 警察の腐敗・人権無視は今に始まったことではないが、抗議の姿勢をとる孫さんに対しては電話の盗聴も始まったという。

(編集部)

 まず四日市々市民病院に入院して、警察が発砲しようとした件や実家との距離も関係して、私は津市の三重大学病院の整形外科へ移してほしいと申し出ました。しかし、四日市々市民病院はがんとして聞き入れてくれませんでした。そして、太モモ骨折の手術を四日市々市民病院でうけました。
 手術の内容は、太モモの骨の中に金具を1本通して歩いて骨の接点に圧力をかけてくっつけるという手術で、一応その段階までは成功ということでした。そして、約3ヵ月入院しまして、3ヵ月の間指の骨の2本のヒビと太モモ骨折のリハビリは欠かせませんでした。歩行も ということで、松葉杖を使いながら歩いていました。
 途中、医師(松浦)と警察の件で口論となりましたが、しかし拳銃をぬいて発砲しようとしたとはっきりと言いました。私もてっきり証言してくれると思いこんでいました。しかし、その段階で警察は動いていました。私は当時交際していた日本の女性と病院から夜に公衆電話から電話していました。その電話で彼女にいろいろと相談していました。その電話も盗聴していました。そしてどういうわけか、指の手術が行われ、3日でいいはずの手術後の点滴も1週間ほど毎日されました。
 また、私は、生命保険に2つ入っていました。そして整形部長の話では、その保険を一生涯出すというのです。私ははっきりと断りました。その段階で発砲しようとした警官は退職したか、クビになっていたかとのことです。
 私はとにかく退院しました。手術の方で失敗はないと信じていました。そして近所の津市内の整形外科へリハビリだけ通うという形をとりました。ところがそこの医師によると、骨と骨の接点がさけてもうくっつかないかも知れないという話でした。私はとにかく太モモの骨を直す必要があると思い、市内の整形外科にて骨移植をして太モモの骨の接点をくっつけるという手術をうけることにしました。そして、右太モモの筋力のおとろえをかばうリハビリをしながら手術を待ちました。しかし、その整形外科で食後、全身に変調がみえ、足の裏がかゆく、どういうわけか食事に毒をいれられました。そして手術を受けずに退院しました。
 医学の知識にとぼしい私は、どこの病院へも不信感を持ちました。そして彼女に相談しようと、電話で待ち合わせ場所を決めて会うんですが、待ち合わせ場所から、モロ私服警官(彼女もおかしいと言っていた)の尾行に合いました。何も悪いことをしていない人間に対して、なんたることだと心底から怒った私は、国際刑事裁判所に訴える覚悟でいました。そこから実家の電話の盗聴が始まりました。

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